元日本代表MF遠藤保仁(43)が9日、現役を引退すると発表した。歴代最多の国際Aマッチ152試合、J1通算672試合の歴代最多出場記録を持ち、日本が誇る司令塔は、26シーズンにわたって現役でプレー。日本代表として3度ワールドカップ(W杯)メンバーに選出された。
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遠藤はFKの名手としても知られる。実績が積めた理由は、ある程度、過去の選手同士の会話から伝わる部分がある。紹介したい。
06年W杯ドイツ大会を終えた後、オシム氏が日本代表監督に就任した。ボランチ候補は身体能力の高い福西と、パスセンス抜群の遠藤。バランスがいいと思われた。高い技術を求めたジーコ監督から、市原(現J2千葉)で示した「走る」サッカーへのスイッチだ。
◆日本協会が就任を発表した直後の2人の会話。
福西 俺たちは代表に生き残れないね。走るボランチが呼ばれるだろうな。
遠藤 じゃあ僕は大丈夫です(笑い)。
福西 えっ? そんなことないだろ。
遠藤 何を言ってるんですか? 僕は鹿実ですよ、鹿実!(運動量豊富と言われる鹿児島実の出身)
福西 な、なるほど。
結局、遠藤だけがオシムジャパンで生き残った。一見、ゆったりとしたプレースタイルだが、目立たないところでの運動量は、名将も納得させるものだった。
◆左の俊輔、右の遠藤。以前は日本代表の武器だった直接FK。世代別代表だったころの2人の会話。
遠藤 俊ちゃん、どうすればうまくFK蹴られるの?
俊輔 壁の端から2人目の頭を狙うんだよ。右に蹴る時も左に蹴る時も同じ。
遠藤 ゴールじゃなくて?
俊輔 そそ。そこを狙うと自然とゴールの隅に入るよ。これ、ジーコさんから教わったんだ。
遠藤 そうなんだ。俺もこれからそうしよう。
言葉で美しく飾るより、福西との、俊輔との会話を聞くと、遠藤の長寿の理由が見えてくる。【盧載鎭】

