プレーバック日刊スポーツ! 過去の2月6日付紙面を振り返ります。2006年の11面(東京版)はサッカー因縁の対決で死闘 PK戦12対11でした。
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<サッカー・アフリカ選手権:コートジボワール1(12PK11)1カメルーン>◇準々決勝◇2006年2月4日◇カイロ・エジプト軍競技場
走った、脱いだ、乗りかかられた。最後のPKを決めたドログバは、悩まされ続けるヒザの痛みも忘れて喜んだ。12人連続の成功。「巨象」の折れない心が、長らくアフリカに君臨してきた「不屈のライオン」の魂をも上回った。
120分を終えて11の死闘に、決着をつけるためのPK戦。だが、終わりを拒否するかのように、両チームともネットを揺らし続ける。11人目の両GKまでもが決めた。両チームの11人全員がPKを成功させたのは、A代表の主要大会(W杯、同予選、コンフェデ杯、各大陸選手権)で初めてのことだった。そして2巡目を迎えたところで、ドラマが生まれた。両チームのエースが再び登場した12人目で勝敗が決した。
先行のカメルーンは、バルセロナのエース、エトーが外した。喜ぶコートジボワールのイレブン。そんな中、ドログバだけは冷静に、ボールをスポットに置いた。あくまで冷静にゴールネットを揺らすと、喜びが一気に噴き出した。
「プレッシャーはあったが、緊張はしなかった。カメルーン相手に勝てたのは最高だ」と、ドログバは振り返った。W杯予選でもカメルーンと同組。直接対決で2敗したが、カメルーンのウォメが、最終エジプト戦の後半ロスタイムに得たPKを外したことで出場権が転がり込んだ。因縁の再戦で、またしてもPKが幸運を運んだ。
「W杯予選は番狂わせみたいなものだ。出場を決めた国はアフリカのベストの国とはいえない。もう1回やったら、別の結果になるはずだ」と、大会中にセネガルFWディウフが言って話題を呼んだ。その言葉を裏付けるかのように、今大会の1次リーグでアンゴラ、トーゴ、ガーナが敗れていた。この日の準決勝では、残るチュニジアまでもが敗れた。それだけに、カメルーンを破っての4強は、W杯出場国としてのプライドを守り、実力を証明する結果になった。
ドログバのひざの状態は最悪に近い。チェルシーのメディカルスタッフから「慎重に起用してくれ」との要望が届いている。それでも120分を、そして長い長いPK戦を戦い抜いた。「無理をするつもりはないけど、どうしても勝ちたい時があるだろう」。W杯前哨戦で優勝し、アフリカ最強としてドイツに乗り込むつもりだ。
◆コートジボワール代表 国名は「象牙海岸」の意味のフランス語。代表チームは92年アフリカ選手権で優勝しているのが、過去最高の実績。だが、その後のアジア・アフリカ選手権で日本に敗れている。愛称は「エレファンツ」(象)
◆PK戦 正規の試合時間を終えて決着がつかない場合、主にトーナメント戦で優劣を決める場合に行われる。両チーム5人ずつがキッカーとなり、ゴール数が多い方が勝ち。5人で決着しない時は6人目からサドンデスとなる。70年にイングランドのプレシーズン大会「ワットニー杯」準決勝のマンチェスターU対ハル・シティーで行われたのが最初。記念すべき1人目はジョージ・ベストで、マンUが勝った。主要大会では76年欧州選手権で初採用され、W杯は82年スペイン大会準決勝の西ドイツ対フランスで初めて行われた。
※記録と表記は当時のもの

