【葛藤と決断】中日清水達也が選んだ道 復活へ焦らず粘り強く まだまだ活躍できる

今季から3地区制になったファームは、これまでのウエスタン・リーグのチームが首都圏に遠征に来る頻度が上がり、田村藤夫氏(66)の取材もこれまで以上に精力的になっています。今回の「プレミアムリポート」では、田村さんが中日コーチ時代に面識があった清水達也投手(26)の現状を取材する機会に恵まれました。

4年連続で50試合以上に登板した貴重な右腕の現状を、田村さんが丁寧に取材しています。どうぞ、最後までご覧ください。

プロ野球




◆清水達也(しみず・たつや)1999年(平11)11月3日生まれ、埼玉県出身。花咲徳栄では2年夏、3年夏に甲子園出場。3年夏(17年)は全6試合に抑えで登板し、県勢初の優勝に貢献した。同年ドラフト4位で中日入団。18年6月27日ヤクルト戦(神宮)で公式戦初出場。22年から4年連続50試合以上に登板。昨季まで通算236試合、16勝12敗、123ホールド、6セーブ、防御率2・77。185センチ、93キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億2500万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


ファームで腰痛からの復活を目指す中日の清水達也投手

ファームで腰痛からの復活を目指す中日の清水達也投手

作秋に腰痛発症 保存療法を選択


清水 田村さん、こんにちは。


田村 おお、達也、お疲れさん。


清水 はい、この前も鎌ケ谷でお会いしましたね。


田村 うん、そうだったな。その後、腰はどうだ?


清水 はい、少しずつですね。


田村 そうか。ちょっとずつでも良くなっている感覚はあるんだね。


清水 はい、そうですね。そこは毎回気にしながらやってますから。


田村 そういえば、いつから腰痛を抱えてたんだっけ?


清水 はい、去年の秋くらいですかね。


田村 それで、手術ということは考えなかった?


清水 はい、いろんな人の話を聞いて考えました。それで、結果としては保存療法にすることにしました。


田村 それはどうして?

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。