7月、夏の甲子園大会中止を受けた各都道府県高野連による代替の独自大会が始まった。山梨では大会に先立ち、強豪校同士による控え選手たちの引退試合が行われた。山梨学院-帝京三。“晴れ舞台”に臨んだ関係者に迫った。


全員1ケタの背番号

山梨学院対帝京三 背番号1をつけ、力投する山梨学院・渡辺太介投手(撮影・湯本勝大)
山梨学院対帝京三 背番号1をつけ、力投する山梨学院・渡辺太介投手(撮影・湯本勝大)

「おお!」「ナイスボール!」。夜の山日YBS球場に、球児たちの大歓声が響いた。独自大会前に行われた控え3年生による引退試合。渾身(こんしん)の直球を投げたのは、山梨学院の渡辺太介投手(3年)。球場のスピードガンは141キロを計測した。

渡辺は背番号1をつけてマウンドに上がったが、高校生活で公式戦に出場することはなかった。最速136キロだった右腕が、3年生の控え選手たちによる引退試合で、5キロも更新。高校最後のマウンドで意地を見せた。

8月13日に行われる独自大会決勝と同じ舞台で、強豪校同士の試合が組まれた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、センバツや夏の甲子園が中止となった。3年間の集大成を発揮する場が奪われた。みんなの前で発表する場を…。今年で3回目となる恒例行事。なんとか開催する方法を模索し、実現させた。ベンチ入りは3年生のみ。山梨学院からは公式戦のメンバーから外れた選手が多く出場した。正真正銘のラストゲームだった。

最後はレギュラーとして試合に出る。ベンチ外だった選手たちは全員1ケタの背番号をつけた。「1」から「1」の投手リレーもあった。今春のセンバツベンチ入り予定で、夏の独自大会のメンバーから外れた選手5人は、センバツのユニホームで出場。万全な感染予防策を講じながら見守る保護者たちの前で、勇姿を披露した。


ボールにメッセージ…両親へ

山梨学院対帝京三 試合後に写真に納まる山梨学院・渡辺太介投手(中央)と、左から母・あかねさん、1人おいて父・浩二さん(撮影・湯本勝大)
山梨学院対帝京三 試合後に写真に納まる山梨学院・渡辺太介投手(中央)と、左から母・あかねさん、1人おいて父・浩二さん(撮影・湯本勝大)

渡辺は東京・立川出身。県外から、春4回夏9回甲子園を経験する強豪校の門をたたいた。有力選手が集まる中、腰痛で満足に練習ができない時期もあった。3年間で出場した公式戦は0。「試合に出ることができなくて、悔しい思いがあった」。引退する直前に登板の機会を得た。「最後まで全力で腕を振ろうと決めていました」。仲間がつかんだ甲子園の喜び、公式戦で投げられなかった悔しさ…。3年間のすべてを白球に詰め込んだ。「太介!」「太介!」。仲間の励ましを背中の「1」で受け止めながら、腕を振り抜く。吉田洸二監督(51)は「本当に良い球を投げてました」と目を細めた。最後のマウンドで最高の投球。思わず雄たけびを上げた。

1回1/3を投げて無失点の好投。両親もスタンドで見守っていた。母あかねさんは「高校で投げている姿を初めて見た。ナイスピッチングで、やったなという感じでした」と優しげに子どもを見つめた。渡辺は大学進学後も野球を続ける考えだ。試合後には使用したボールに「3年間ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」とメッセージを書き、両親に手渡した。父浩二さんは「体はできていない。まだまだこれからです」と期待を寄せた。

まだまだ18歳。「太介」という名前は幕末から明治期に活躍した政治家、板垣退助が由来。「人を助けるような存在になってほしい」と名付けられた。高校時代はレギュラーのサポートする立場でチームを支えてきたが、卒業後は自らの投球でチームを助けたい。「大学では141キロ以上を出して注目されるようになりたい」。目標は日本ハム吉田輝星。同じグラブを使うほど、憧れている。18年夏の甲子園を沸かせた右腕のように伸びのある直球を投げられるよう、新たなステージで挑戦を続ける。努力は裏切らない。「仲間と続けられたことは誇りに思う。山梨学院での3年間は一生の財産です」。そう言い切りながら、心の底からの笑顔を見せた。センバツや夏の甲子園が中止となり、今までにない特別な1年となったが、努力の証明ができた。裏のない、純粋な晴れやかさを感じた。

帝京三の稲元智監督は「選手のモチベーションがすごく高かった」と振り返った。試合は0-19で敗れたが、「野球ができるということは一番ですね」と顔をほころばせた。コロナ禍という特殊な状況下に置かれ、夢を奪われてしまった学年。「なにより試合ができたということ。選手たちもやり切ったんじゃないかな」と遠くを見つめた。


後輩へ最後まで食らい付く姿を

山梨学院対帝京三 9回裏無死、仲間の三塁打で盛り上がる帝京三の3年生たち(撮影・湯本勝大)
山梨学院対帝京三 9回裏無死、仲間の三塁打で盛り上がる帝京三の3年生たち(撮影・湯本勝大)

一方的な試合展開になっても、帝京三ナインは最後まで諦めなかった。「泣いても笑ってもこれが最後だ! 自分たちの力を出し切ろう!」。最終回の攻撃の直前、円陣を組んで鼓舞し合った。最終回は三塁打も飛び出し、チャンスも作ったが、無得点で試合終了となったが、それでも最後まで食らい付く姿は、仲間や後輩にしっかりと焼き付けられた。指揮官は「主軸で戦う選手は『頑張るぞ』という気持ちを強くしたと思う。大会でその気持ちを出してほしいです」と願った。独自大会は1試合ごとの選手登録変更が認められ、3年生23人で挑む。結束を強くしたチームで、8月13日のリベンジを誓う。


努力重ねた経験を人生の糧に

山梨学院対帝京三 試合後に記念撮影をする山梨学院と帝京三の3年生たち(撮影・湯本勝大)
山梨学院対帝京三 試合後に記念撮影をする山梨学院と帝京三の3年生たち(撮影・湯本勝大)

さまざまな思いがこもったラストゲーム。公式戦でなくても、選手たちは自身の3年間を振り返り、高校野球に区切りをつける。3年間目標に向かって努力を重ねた経験は、これからの人生の糧になるだろう。まだ18歳の球児たち。彼らが未来に羽ばたいていくのを陰ながら応援していきたい。【湯本勝大】