大阪市内に住む「陸上フィギュアスケーター」の川崎孝之さん(26)は国内外の選手の約50作品をコピーし、陸上で再現してきた。14年ソチ五輪金メダリスト羽生結弦(22=ANA)のショートプログラム「パリの散歩道」は、動画投稿サイト「YouTube」で約40万アクセスと注目を集める。今季、羽生が取り組むフリー「SEIMEI」の魅力と、自らがフィギュアに恋する理由を語った。

 オフィス街の中心に位置する大阪・靱公園。「和」を意識した衣装の川崎さんは、ゆっくりと右手の指を胸の前で立てた。羽生が取り組む「SEIMEI」の最初のポーズで「この指の使い方は他の作品にはない。非日常的な動きで、一瞬にして入り込めます」と演技が始まった。砂の上のため、ジャンプは2回転。スピンはその場でピタリと止まった。滑らかなステップに、愛犬を散歩中の中年女性も足を止めた。

 過去に取り組んだプログラムは約50作品。1作品の振り付けを覚えるのに10時間を要することもあるという。実際にやってみるからこそ分かる、羽生の「SEIMEI」のすごみとは。

 川崎さん 激しく(動作を)詰め込んでいないのに、美しさを伝えられる。羽生選手は動きの全てが洗練されている。姿勢もきれい。細かい振り付けに頼らなくても、ストーリー性を紡ぎ出せるんです。

 川崎さんの人生はフィギュアが変えた。愛知・半田市の中学、高校時代は帰宅部。教師を目指して進んだ大学は教員採用試験の厳しい倍率を知り、教職を諦めた。「僕って、物心ついたときから老後の心配をするような人間です。友達もいなかった」。大学1年の夏休み2カ月間は引きこもり生活。パソコンに向かっていると、安藤美姫さんの動画を目にした。「それを見ている時だけ、気持ちが晴れたんです」。翌春に「YouTube」へ投稿した動画が、今の始まりだった。

 「1人で公園で練習するのは大変ですよ。突然、バーベキューをしていた悪そうな人に『お前、ちょっと来い』って言われて。『お前、バレリーナか!』ってなぜか怒鳴られたり…」

 昨秋に仕事を辞め、見ず知らずの大阪にやって来た。「今まで逃げてばっかりの人生。絶対に後悔すると思った」。保育関係のアルバイトをし、今春から人生初の氷上スケートも始めた。「氷で滑ると、こけたら痛いのもよく分かりました。夢は、全日本選手権に出ること。前例のない挑戦だからこそ、無理と決めつけたくない」と言い切る。760円の電車賃を浮かすため、自宅とリンクの往復約32キロにも自転車を使う。それでもフィギュアへの愛情はぶれない。【取材・構成=松本航】

 ◆川崎孝之(かわさき・たかゆき)1991年(平3)10月1日、愛知・半田市生まれ。中、高と本格的な運動経験なし。フィギュアスケートは中学時代から安藤美姫さんのファン。「お金がなくてもできる」と始めた陸上フィギュアでは全ての2回転ジャンプを駆使。氷上でのスケートは今春から始め、ペンギン歩きの段階から、半年間でシングルアクセル(1回転半)を習得したのがプチ自慢。