伊藤華英のハナことば

「ラグビーの街」釜石が輝きを取り戻す年/伊藤華英

「原っぱがあると人が集まる」

岩手県釜石市にある宝来館という老舗旅館の女将、岩崎昭子さんがそう話された。東日本大震災後の町おこしの中心人物だ。現在も旅館を切り盛りしながら、訪れた観光客に震災の話をしている。


宝来館の岩崎昭子さん(右)と筆者
宝来館の岩崎昭子さん(右)と筆者

先日、震災から8年を迎えた。この旅館への旅行者も減ってきているという。私は釜石という場所の素晴らしさをもっと伝えたいと思う。そして今、インフラではない復興が必要な状態になっているからこそ、伝えたいと思い執筆している。

時間は本当にあっという間に過ぎる。しかし地元の方たちにとっては、ひとつも色あせることのない、2011年3月11日だ。

大きな被害を受けた釜石市で、亡くなった方は993人、行方不明者は152人。家屋倒壊は3656に及んだ。当時の釜石市の人口は3万9574人。被害の割合で考えると、すさまじい数だ。


宝来館の前に立つ岩崎さん
宝来館の前に立つ岩崎さん

宝来館も被害を受けた。

今は、目の前にきれいな海が広がる。静寂ともいえるこの景色。静かに風が吹き、波の音が聞こえ、「日本の景色」を感じられる場所だ。

「海には罪はない」

女将さんは、海を見ながら話すのだ。

震災直後は、考える気力もない状態だった。そこにいち早く駆けつけてくれた人たちがいた。

釜石シーウェイブスのラグビー選手たちだ。

彼らは、がれきを運び、被災した人に声をかけて回った。大きな松の木を担いでいる姿を見て、住民たちは感激した。彼らの頼もしさに勇気を持てた。そんな選手たちのおかげで、心に温かさが戻ってきた。

「釜石はラグビーの町なんです」

今年、日本で開催されるラグビーワールドカップ2019。会場の1つに選ばれたのが、ここ釜石だ。

震災後、「ラグビーワールドカップを釜石に」という声があがり始めた。誘致の機運は徐々に高まり、2014年には開催都市に正式立候補。2015年3月、国内12開催都市の1つに正式決定した。

ワールドカップが釜石に来ることに対して、反対する人もいたという。しかしネガティブな意見を言う地域住民は多くなかった、と岩崎さんは言う。「来てくれる人がいれば、街が変われる」「前を見ていくことが生きていくこと」。ワールドカップ開催決定は、街の人たちのエネルギーになったに違いない。


昨年8月19日、ワールドカップが行われる釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としが行われた。まさに、釜石の人たちの夢の場所。待ちに待った日だった。


昨年8月、釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としが行われた
昨年8月、釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としが行われた

新スタジアムは釜石東中学校と鵜住居小学校の跡地に作られた。被災直後は、小学校の3階に軽自動車が突き刺さった状態だったという。

生徒たちは仮設の学校へ通った。大人たちは「母校というのは、また帰ってくる場所でもあるのに仮設校舎はふびんだ」と思ったそうだ。

ただ、子どもたちにとっては、仮設校舎であっても母校であることに変わりはなかった。徐々にそう思えるようになったという。

2つの学校は新しく建て直され、2017年に完成。現在の生徒たちはそこへ通っている。

「前の仮設に慣れて、新しい校舎に慣れない」。釜石東中3年生の佐々木真奈さんは話す。

「先生たちも、新しい校舎になり緊張感がある」。同学年の高清水享妥(きょうた)さんもにこやかに話してくれた。

「釜石のいいところは海がきれいなところ。魚がおいしい」

「おじいちゃん、おばあちゃんが元気なところ」

佐々木さん、高清水さんは声をそろえる。

彼らの話を聞いていると、大人の私たちが気付かされることがあるなと感じた。


誰もが知る、ラグビーと鉄の街。

ラグビーワールドカップ2019組織委員会岩手・釜石地域支部の浦城太郎主任は、新スタジアムのために自らの時間のほとんどを費やしてきた。被災からここまで、大変なことも多かった。だからフィールドにポールが建った時は、本当に感激したという。

「今回のこけら落としはとてもうれしいし、感慨深い。これから、ラグビーワールドカップ2019がくることが街の方にも活力になる」。

元ラガーマンでもある浦城さん。記念試合に出場した五郎丸選手(ヤマハ)にも特別な思いがあった。前回のワールドカップで活躍したスター選手を、初めて見たのは高校生の時だった。

地元の盛岡工と、五郎丸選手が所属する佐賀工が対戦した試合。釜石南高に通っていたラガーマンは感激したという。「ラグビーをやっていなかったとしても、素晴らしい仕事に関われていると思う」と話した。


釜石ではたくさんの方に話をうかがった。それぞれの想いがあると感じた。

ラグビーの街でもあり、毎年トライアスロン大会を開催し、60年も盆野球という文化が根づく釜石。スポーツの街だ。

被災直後、屈強なアスリートの行動に、住民は元気をもらった。そして世界から人が集まってくるスタジアムの完成を心待ちにした。

スポーツだから、つながれる。勇気が持てる。

一生懸命な想いを持っているこの地域を、これからも応援したい。

「たくさんの人が来てほしい」

この想いを少しでも届けられればと、心から願う。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

<ラグビーワールドカップ2019釜石開催日程>

(釜石鵜住居復興スタジアム)

2019年9月25日(水)午後2時15分 フィジー対ウルグアイ

2019年10月13日(日)午後0時15分 ナミビア対カナダ

競泳界で「美女スイマー」として活躍し、北京、ロンドン五輪に出場した伊藤華英さんが、水泳に限らずさまざまなスポーツの魅力をアスリート目線でお伝えします。
 ◆伊藤華英(いとう・はなえ)1985年1月18日、埼玉県生まれ。01年世界選手権で初の日本代表入り。08年北京五輪で背泳ぎ2種目出場、12年ロンドン五輪で自由形リレー2種目出場。12年秋に現役引退。順大大学院博士後期課程修了。日大非常勤講師。173センチ。

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