「エベレストには登ったけど、まだ富士山には登っていない」。柔道100キロ超級で84、88年と五輪連覇を成し遂げた斉藤仁さんの有名な言葉である。
世界の頂点には立ったが、84年五輪無差別級金メダリストの山下泰裕さんには、8度対戦して1度も勝てなかった。一方で国内に立ちふさがる大きな山は、斉藤さんの闘争心を常に奮い立たせ、成長の何よりの糧になった。
パリ・オリンピック(五輪)陸上男子110メートル障害で5位入賞した村竹ラシッド(22)を見ながら、40年も前の2人のライバル物語を思い出した。男子個人短距離種目の日本勢最高順位という彼の快挙の裏側に、2歳年上の泉谷駿介というライバルの存在を感じたからだ。
ともに13秒04の日本記録保持者だが、先に世界の扉を開いたのは泉谷だった。21年東京五輪で日本勢54年ぶりの準決勝進出。昨年の世界選手権では初の決勝進出を果たして5位に入賞した。
村竹は今年6月まで泉谷と決勝で7度対戦して1度も勝てなかったが、同じ順大に進学して、世界を身近に体感しながら記録を伸ばした。そんな切磋琢磨(せっさたくま)が、体格で劣る日本人にとって“世界に一番遠い”と言われていた種目を、メダルに手の届くところまで引き寄せたのだと思う。
国内に好敵手がいれば代表争いは熾烈(しれつ)になり、質もレベルも上がる。1歩前をいく選手は常に後ろの足音におびえ、背中に爪を突き立てられているようで気が抜けないし、2番手は水をあけられまいと必死に手を伸ばす。お互いが刺激になって相乗効果をもたらすからだ。
古くは競泳の自由形に古橋広之進と橋爪四郎がいた。古橋は33回、橋爪は10回の世界新記録を樹立。52年ヘルシンキ五輪1500メートルで橋爪が銀メダルを獲得している。00年代前半の柔道重量級では井上康生と鈴木桂治の2枚看板がともに金メダリストになった。今大会の柔道男子66キロ級で連覇を達成した阿部一二三にも、丸山城志郎という高い山があった。
よきライバルとは敵ではなく、お互いを高め合う味方なのだ。
「メダル獲得が現実味を帯びてきた。まだまだ強くなれそうだ」という村竹の言葉が何とも頼もしい。準決勝で村竹にわずか0秒06差及ばずに敗退した泉谷も、きっとライバルの入賞に火がついたはずだ。来年の世界選手権東京大会、そして4年後の28年ロサンゼルス五輪の2人の戦いが今から楽しみだ。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)






