あの涙を思い出した。

柔道の男子日本代表監督、井上康生(41)。27日、東京文京区の講道館で東京五輪の代表選手発表会見に臨んだ。7階級中、最終選考会となる全日本選抜体重別選手権(4月、福岡)での決着となった66キロ級をのぞく、6階級の代表が決定。その1人1人の名前を読み上げた後だった。指揮官としての心持ちを問われると、少し目を伏せ、口元を引き締めた。「…いまはギリギリで落ちた選手の顔しか思い浮かばないです」。必死に抑えようとする感情に、声が震えた。「永山、橋本、海老沼…」。何とか絞り出すが、耐えきれなくなった。その両目からは涙があふれた。左手親指でぬぐい、「藤原、長澤、村尾、飯田、羽賀、影浦」と落選した選手の名前を挙げていった。「本当に彼ら全て、よくここまで戦ってくれたと思う。彼らの思いも背負った上で、責任を持って戦わないといけない」。何とか言葉をつなぎ、決意をマイクに乗せた。

「すいません、このような場で一番やってはいけないことで…」。次の質問を受けた返答の冒頭に、晴れの舞台での言動を謝罪した。ただ、その涙には熱さがあった。即座に思い出した。16年リオデジャネイロ五輪の100キロ超級の戦いを終えた直後、「全階級でメダル獲得しましたが」と問われたときだった。「選手たちを信じて…」。教え子たちの顔が頭に浮かぶと心は波打ち、肩が震え、泣いた。その姿が想起された。

情に厚く涙もろい。ただ井上康生の涙にはいつも「思いやり」が満ちる。このリオの取材の時に、代表選手たちを「いろんな子供たちがいました。たくましかった」と表現した。代表に関わる全ての選手は子供、代表は家族。だから4年後のこの日も、落選した選手の顔ばかりが脳裏に浮かんだのだろう。その一念は4年たっても変わらないのだと感じさせた。

東京五輪を前にして、各競技において選考が行われ、指揮官は決断を下さねばならない。下された側は不満に思うこともあるだろうし、誰もが幸せにはなれない。ただ、決断する時はくる。そして選ぶ側ができることは、選ばない選手のことをどれだけ考えられるかだろう。それはスポーツの現場に限らず、あらゆる組織にも共通する。自分のために涙してくれる上司がいること、それは幸せなことだ。会見を聞きながら、そう感じ入った。

もう1つ、リオ五輪での井上康生監督の姿を思い出す。競技最終日、選手、スタッフを集めたシュラスコ店での打ち上げだった。「日本柔道の復活はなったんじゃないかと言われたが、私はここがスタートだと思っています」。祭典を終え、結果を残してなお、そう語った。4年たち、日本代表の「家族」としての一体感は増しているだろう。楽しみだ。【前柔道担当=阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)