出水田(いずみだ)大二郎(25=TOSS)がツアー初勝利を飾った。首位から出て5バーディー、2ボギーの69で回り、通算14アンダーの274。一時は崔虎星(韓国)に並ばれながら、17番パー3で5メートルのバーディーパットを沈めて決着をつけた。初の賞金シード権を獲得して臨んだ今季は不振にあえいだが、プロ転向8年目で悲願の優勝を手にし、20年東京オリンピック(五輪)の出場を熱望した。

歓喜の瞬間は笑顔だった。出水田が18番で優勝を決めるパーパットを沈めると、顔をくしゃくしゃにして号泣する男が抱きついてきた。鹿児島・樟南高の2学年先輩にあたる秋吉だった。勝利の余韻に浸るはずが、驚いた出水田は思わず「先輩、何で泣いているんですか? 優勝したのは僕ですよ」と苦笑い。祝福の水掛けシャワーが始まった。

「僕もウルッときていたんですけど、先に先輩が泣いているから泣けませんでした。最後のパットは、手が震えたまま打ちました」

歩んだ道のりと同じく、この日も楽には勝てなかった。一時は2位に3打差をつけながら14、16番でボギーをたたき、通算13アンダーで崔に並ばれた。17番で運が味方したかのように、5メートルのバーディーパットが最後のひと転がりでポトリと落ち「パターに助けられた」と胸をなでおろした。

11年のプロ転向後は鹿児島を離れ、宮崎で1人暮らしをした。酒を飲み歩き、結果が出ない日々。両親から「このままではいかんぞ」とたしなめられ、4年前に実家に帰った。当時を「親のすねをかじって、だらけた生活をしていた」と振り返りつつ「少しは親孝行できたかな」と感謝した。

「僕はメンタルが弱い。コツコツやるタイプなので(優勝が)遅いとも思わない。東京五輪には出たい。最高の場所で日本代表として日の丸を付けたい」。今季はミズノオープンの34位が最高成績だった。初優勝で自信をつかみ、夢は膨らんだ。【益子浩一】

◆出水田大二郎(いずみだ・だいじろう)1993年(平5)2月5日、鹿児島県生まれ。9歳から横峯さくらの父良郎さんが指導する「めだかクラブ」で競技を始める。07年から九州ジュニア4連覇。樟南高卒業後の11年にプロ転向。翌12年の下部ツアー、きみさらずGL・GMAチャレンジでプロ初優勝。今季は初めて賞金シード入り。183センチ、83キロ。