B1仙台89ERSは、東日本大震災から13年となる11日、仙台市若林区にある震災遺構・荒浜小学校を見学。震災発生の午後2時46分には、選手、スタッフら35人が荒浜小学校の屋上で黙とうをささげ、慰霊と追悼、そして復興を祈念した。宮城・利府町出身の阿部真冴橙(16)は3歳で被災。当時の状況を初めて実際に目にし、震災に向き合った。

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チームは震災当時、新潟での試合に向かう途中で、東北自動車道の菅生SAに停車していたところだった。ひとまず新潟に向かったが、試合は中止。チームは数日後に一時解散。16試合を残し、活動休止となった。荒浜小学校に向かうバスの中で志村雄彦社長(41)からこの話を聞いた阿部真は「ナイナーズが一時解散になったことを知って、事の重大さをあらためて実感した」。自身は、利府町のおばあちゃんの家にいた時に被災。「おばあちゃんがすごく抱きしめて守ってくれていたと聞きました」。当時3歳だったため、ほとんど記憶はない。だからこそ当事者の話は印象的だった。

午後2時46分の黙とう前後に荒浜小学校を見学。授業などで震災のことを考える機会はこれまでもあったが、当時の状況がそのまま残っているのを目のあたりにするのは初めて。「授業とかだと映像を見るぐらい。その時のまま残っていて、津波の高さだったり、どれくらい荒れたりとかが目で見て分かった」。

チームはその後、たくさんの支援を受けて復活。震災の記憶とともに立ち上がってきたクラブだ。阿部真は「今後、ナイナーズの一員として宮城をもっと盛り上げられたら…。被災して気持ちが落ち込んでいる部分というのを、バスケットで盛り上げていきたい」。仙台89ERSの一員として、宮城を盛り上げる存在になる。【濱本神威】