【モナコ16日=松本航】ラグビーW杯(ワールドカップ)フランス大会に臨んでいる日本代表(世界ランク14位)は17日(日本時間18日)、ニースで過去10戦全敗のイングランド(同6位)に挑む。

開幕2連勝が懸かる一戦に、10日チリ戦を左ふくらはぎの違和感で急きょ欠場したNO8姫野和樹主将(29=トヨタ)が先発復帰。「ラグビーを国技にしたい」と夢見る男が、主将として初めてW杯のピッチに立つ。

チームはこの日、ニースから約20キロのモナコ近郊で最終調整した。

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姫野が帰ってきた。

雨が降りしきる前日練習。左脚こそテーピングで固めていたが、フィフティーンの先頭に立ち、大きく体を動かして、心身を整えた。

W杯初戦だったチリ戦前日の9日。かねて痛めていた左ふくらはぎの違和感と向き合いつつ、主将は出場意欲を消さなかった。

7月下旬に大役を任されてから、チームへの愛、たゆまぬ情熱で仲間を引っ張ってきた。

「優勝して、ラグビーを国技にしたいという夢がある。最高の舞台であり、自分の夢をかなえる場所」

そう位置付けたW杯。攻撃担当のブラウン・コーチは「大きな試合だったらプレーできた」と明かした。首脳陣の温存策に納得した上で、この大一番に照準を合わせてきた。

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人一倍の責任感がある。

コロナ禍の21年2月、王国ニュージーランドのハイランダーズに移籍。最初の3カ月ほどは、同僚とマンション1室を数人で借りるフラットシェアの共同生活だった。異国の食事は口に合わず、英語も苦しんだ。

午後10時に自室へ戻ってはため息をつき、一夜明けると、また強度の高いチーム練習が待つ日々だった。それでも、ニュージーランド国内で新人賞を獲得。成功を収める一方、自分で自分の責任感を膨らませた。

目標は世界一のFW第3列。さらには後輩の道しるべになる責務も背負い込んでいた。シーズンがいったん終わりを迎え、1人暮らしを始めた。そこで「逆に安心してしまった」と、張り詰めていた糸が切れた。

封印していたはずの一言をつぶやいた。

「帰りたい」

心は一気に崩れた。

後にも先にも初めて、日本にいるマネジャーに連絡を入れた。

「(代表に)行きません」

心も体も、限界だった。

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今も代表で戦っているのは、直後に設けられたオフの1週間の行動にあった。

思うがまま、ノートに感情を記した。

「お前が楽しめば、それでいい」

「評価は気にしない」

公式戦が再開すると、入場口が、ラグビーを始めた中学校の玄関に思えた。よみがえった楽しさ。残りのハイランダーズでのプレーは、それを第一に考えた。

1度は背を向けた代表活動にも戻ることができた。

「当時は病んでいましたね。あの時は“投げやり”になるのも、必要でした」

強みの責任感は、時に弱みになると気付くことができた。

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乗り越えた今、周囲から己を深く理解されている。

副将のSH流大(東京サントリーサンゴリアス)は「僕と真反対」という存在だ。責任感で考え込んでしまった時、常に物事を客観視しながら支えてくれる。

姫野は「バランスがいい」と感謝しつつ「(流は)僕よりパッション(情熱)はない」と笑う。唯一無二といえる、自分の個性に誇りを持つことも忘れない。

先発に流をはじめ、リーチ・マイケル(東芝ブレイブルーパス東京)、ピーター・ラブスカフニ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)らリーダーが集うイングランド戦。旗頭を担うフレッシュな男は言い切った。

「主将として、しっかりとパフォーマンスを出す。自分たちの準備はしてきた。あとは、やるだけです」

ラグビーを国技にする。