スカイツリー エレベーター停止、雪、カラスの巣・・・想定外の事態が発生した10年

東京タワーからバトンを引き継いだ電波塔・東京スカイツリー。開業10年、塔を見守り続ける人物に知られざる苦労を聞いた。

ストーリーズ

寺沢卓

<電波塔事業本部課長・工藤裕之さんに聞く>

日本国内で一番高い電波塔の東京スカイツリー(東京・墨田区)が5月22日で開業10周年を迎えた。地上から634メートル。建設中は想定できなかった事態が発生した10年でもあった。建設中からずっと塔体の安全を管理した担当者に振り返ってもらった。

   ◇   ◇   ◇

作業装備を整えてゲイン塔に登る直前の工藤さん(東武タワースカイツリー株式会社提供)

作業装備を整えてゲイン塔に登る直前の工藤さん(東武タワースカイツリー株式会社提供)

工藤裕之さん。東武タワースカイツリー株式会社の電波塔事業本部の課長で、現在47歳。東京スカイツリーの建設中から現在まで、電波塔としての東京スカイツリーを見守って来た人物だ。

同社の東京スカイツリータウン広報事務局課長の小杉真名美さんは「工藤がもっとも塔体のことについて細部まで熟知していて、一番詳しいですね」と話した。

電波塔事業における工藤さんのおもな仕事の内容について聞いた。

工藤さん 当然、上に行けば行くほど風力は強くなっていきます。だから、強風時において作業員が作業することはないんです。

事前に塔における屋外の風の状況を知ることができるのだろうか。

工藤さん 高さに応じて風向・風速計が設置されています。東京スカイツリーの近隣には鉄道が走っていて、民家も多数あるため、絶対に作業中に飛散物が出ないように万全の対策を講じています。作業をする際には単独行動はありません。常に2人以上で活動することにしています。屋外で活動する前には、作業用エレベーターを出てすぐの部屋で、作業員同士がお互いの持ち物を点検しあって、防災センターに「これから○人、外に出て活動します」という報告をすることを必ず義務づけています。

東京スカイツリーはキラキラとしたカラフルなライティングがされ、天望回廊(地上450メートル)や天望デッキ(同350メートル)からの絶景が楽しめるレジャー施設という側面が目立っている。だが、本来的には東京タワー(高さ333メートル)からバトンを引き継いだ電波塔となっている。

工藤さん 電波を送るのは各放送事業者です。それを支える電波塔としてハード的な部分について東京スカイツリーが安定稼働することが課題となっています。

1958年(昭33)、東京タワーが開業した。当時は周囲から誰でも赤く染まった鉄塔を視認することができた。時代を経て首都圏に高層ビルが立ち並ぶようになった。東京タワーの高さでは障壁なくスムーズに電波を各家庭に送信することが難しい状況になってきた。そこで高さ600メートル超の電波塔の建設が重要課題となった。

工藤さん 安定稼働の条件はいくつかあります。放送事業者が日々出入りすることもあり、私たちは地上から送信機室まで確実に作業動線を確保しなければならない。どんな状況になってもエレベーターを止めてはならないんです。

送信機室とは、テレビやラジオで放送をする番組コンテンツの情報を蓄積する場所だ。放送するためのデータ化された情報は、東京スカイツリーの頭頂部のアンテナの集積であるゲイン塔から発信される。テロ対策もあって東京スカイツリーの中に設置されている送信機室の正確な場所はトップシークレットとなっている。

横路にズレたが、エレベーターを安全に運行させるにはどうすればいいのか。

工藤さん 東京スカイツリーが極めて高い建造物ということもあって、風を受けやすい特性があります。風を受けることによって、東京スカイツリー自身は大なり小なり揺れています。塔体が揺れることで、エレベーターを昇降させるロープも揺れ出します。その揺れが増幅することで安全装置が働いてエレベーターが止まってしまうという現象が発生する。開業当初、その安全装置の稼働が想定以上に頻繁に発生してしまいました。東京都内においても台風などの強い風だけではなく、高所においては風の影響を多く受けるということがあらためて分かったんですね。

これまでにもっとも強かった風の力はどのくらいだったのだろうか。

工藤さん 風速で示しますと私の記憶では、最大で63メートル毎秒ですね。東京スカイツリーは長くゆっくり揺れるという特性があります。この揺れがエレベーター運行に影響を与えることが、新たな問題として出てきました。

東京スカイツリーの天望デッキに向かうエレベーターは4機。改修工事は、2015年10月から翌16年10月まで行われた。

工藤さん 強風で塔体が揺れることによりエレベーターロープも共鳴して揺れるんです。ロープの揺れが小さくなるまでエレベーターは停止してしまうシステムになっていました。

開業当初は風によって発生した揺れでエレベーターが止まることがたびたび発生した。

工藤さん 改修工事では、ロープが極力大きく振れなくなるように張力を加えました。エレベーターの動力構造は、最上部と最下部に設置した滑車にロープを張り、そのロープにエレベーターのカゴを設置する。ロープの揺れを小さくするには最下部の滑車にウエート(オモリ)を施してロープの張りを強くします。そのため高強度のロープに交換する工事を1機ずつ実施した。工事期間中は残り3機のエレベーターは稼働していたため、展望台営業を中止、休止することはありませんでした。

小杉さんは「改修工事前のエレベーターは台風が来ると運行を中止したこともありました。改修工事後はほとんど台風の影響を受けることなく稼働しております」と説明した。

アンテナとなる頭頂部のつくしのような形をした部分を「ゲイン塔」と呼ぶ。東京スカイツリーでは500メートルから上部の全長134メートルの部分になる。関東地区のテレビキー局6社とMXテレビ、そしてラジオキー局5社のアンテナが内在している。

「ジャパンモバイルキャスティング」という事業社が携帯電話を使ったワンセグ放送を実施したこともあった。ゲイン塔にアンテナが内蔵された。2012年4月から使用できる状態だったが、参入する新規事業者がなく、既存のテレビ局6社が15年4月から携帯電話を端末とする放送を開始した。しかし、契約数が伸びずに16年6月にこの放送事業は打ち切られた。

工藤さん このようなことも東京スカイツリーの電波文化の歴史なんじゃないでしょうか。

雨雲がかかり上部が隠れてしまった。地表面では雨でも、天望デッキ付近は雪の降ることある(撮影・寺沢卓)

雨雲がかかり上部が隠れてしまった。地表面では雨でも、天望デッキ付近は雪の降ることある(撮影・寺沢卓)

塔体の安全保持は特に天候に左右される。

工藤さん 気温は100メートル上がるごとに0・7度ずつ下降していきます。地上では雨でも高さ500メートル以上のゲイン塔付近では天候としては大雪になっていることもある。地上に降る時点では雪が雨に変化してしまうことが分かりました。地上から見上げるとゲイン塔の部分が完全に雲の中に入っていることがありますが、そのときのゲイン塔では雪ということは珍しくありません。

天望デッキより下の場所に付着した雪は「人的な雪払いで対応するしかない」と工藤さんは説明する。写真は実際の雪かき作業(東武タワースカイツリー株式会社提供)

天望デッキより下の場所に付着した雪は「人的な雪払いで対応するしかない」と工藤さんは説明する。写真は実際の雪かき作業(東武タワースカイツリー株式会社提供)

その降雪は最初から想定されていた。天望回廊と天望デッキには電気ヒーターが内蔵されていて、積雪しないような設計になっている。

工藤さん でも、天望デッキより下の雪のつきやすい場所は、人的な雪払いで対応しています。機械的な設備もずっと検討してきたのですが、結局は人の手に頼らざるをえない状況ですね。長い棒状の器具をいろいろと使っています。雪質によっては先端がブラシ状のものではなく金属状の細長い器具をつくって「かいていく」作業をその都度試しながら作業しています。

人的に雪かきをする道具。この10年で雪質などによって使い分ける工夫や研究がされてきた(東武ワタースカイツリー株式会社提供)

人的に雪かきをする道具。この10年で雪質などによって使い分ける工夫や研究がされてきた(東武ワタースカイツリー株式会社提供)

東京スカイツリーは高さごとの風速や気温、天候について1日8回天気予報が取得できるようになっている。高さは地上150メートル、250メートル、375メートル、500メートル、650メートルの5つとなっている。

頭頂部のゲイン塔は、どんな世界なのだろうか。

工藤さん 直径16メートルです。予想もつかなかった事態としては、セミの死骸はけっこうゲイン塔にもありますね。上昇気流が発生することで、セミが自発的に飛んでくるというよりも、その気流に乗って、ゲイン塔の頭頂部まで運ばれるのではないか、と思われます。

地上から634メートル地点のゲイン塔頭頂部。直径は16メートルで意外に広くみえる(東武タワースカイツリー株式会社提供)

地上から634メートル地点のゲイン塔頭頂部。直径は16メートルで意外に広くみえる(東武タワースカイツリー株式会社提供)

ゲイン塔のてっぺんはハシゴ状の階段で登っていく。手すりから下界を見下ろす作業員(東武タワースカイツリー株式会社提供)

ゲイン塔のてっぺんはハシゴ状の階段で登っていく。手すりから下界を見下ろす作業員(東武タワースカイツリー株式会社提供)

想像を超えた事態はまだあった。鉄骨部分に鳥が巣を作るという事例があったという。

工藤さん カラスですね。高さとしては地上から100メートルぐらい。どこに落ちているのか分からないのですがハンガーをつなぎ合わせて巣にするんです。その巣が地上に落下すると危険なので、雪のときと同じように人的作業で排除しました。

想定の範囲外の事態はまだある。

工藤さん シャフト(エレベーターの通路)は煙突状になっています。開業当時の話ですが、シャフト内で空気の対流することで、エレベーターの扉の開け閉めがしづらくなるという現象が発生した。ドラフト現象ですね。気温の上昇で空気が下から上にあがっていきます。そうするとエレベーターの扉の開け閉めに支障が出てくるんですね。

対策としてシャフト内に開閉ができる換気口を設置した。

工藤さん ただ、その換気口を設置することで、外気がシャフト内に流入することになってしまった。風の強弱も影響するため、状況に応じて換気口の開閉を操作できるようにして問題解決できました。この換気口の設置は設計段階では想定できていなかった。理論上、ドラフト現象が発生することは分かっていましたが、まさかエレベーターの扉の開閉に影響が出るとは思わなかったですね。

東京スカイツリーは都内で気象観測できる貴重な場所として、気象関連の研究者からの注目度も高いという。

工藤さん 霧の発生を探る雲粒観測とか、大気中の温室効果ガスの観測などの研究需要はあるようです。

特に雷の研究者には大人気のようだ。

工藤さん 雷の研究者との話なんですが、そもそも雷の発祥自体が解明できていないということらしいです。東京スカイツリーでは年間でだいたい10回ぐらい落雷します。そういった落雷の状況を研究しながら、雷の発生する仕組みを解明をされているようです。

雷の研究者は東京スカイツリーの建設中から研究についての相談を受けていたという。開業後も雷の研究者との付き合いは継続している。

工藤さん 雷は上から下に落ちるというイメージがあると思うんですが、下から上にはい上がっていく現象もあるんです。東京スカイツリーに落雷があった際のカメラ映像を拝見したのですが、ゲイン塔のてっぺんから雷がのぼっていっているという現象が起きることもある。塔体が雷雲の中に入っているときに起きる現象のようです。

最後に日本にははっきりとした四季があるが、季節ごとの問題は生じるのだろうか。

工藤さん 冬場は当然、雪の心配があります。夏から秋は台風シーズンなので注意は怠ることはできません。かといって春先も「春一番」に代表される突風が吹き荒れるので、1年を通して気が抜けることはないですね。塔体内には防災センターがあって、24時間監視体制にあります。緊急時に出動できる人数としては20人以上が待機しています。