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「セント・ルイス」の星セントさんが死去

星セントさん

 70、80年代に「田園調布に家が建つ!」のギャグで人気を集めた漫才コンビ「セント・ルイス」の星セントさん(本名村山袈裟夫=けさお)が04年7月22日午後0時28分、右肺がんのため東京都世田谷区の病院で亡くなった。56歳。セントさんは02年、右肺にがんが見つかって摘出手術を受け、その後も入退院を繰り返した。03年には星ルイス(55)とのコンビも解消していた。

 セントさんは、02年3月に右肺にがんが見つかり、右肺全摘出手術を受けた。後遺症で声がかすれがちとなり、以前のようなしゃべりができなくなったため、03年5月にルイスとのコンビを一方的に解消した。もともと私生活上の交流がなかった2人だが、解消騒ぎで対立。その後、再び会うことはなかった。

 解消後、セントさんは単独でテレビのリポーターなどをし、今年1月に舞台「オバラ座の怪人二十面相」に出演した。しかし舞台後は体調を崩し、6月30日に再入院。今月20日に危篤状態となったが、21日朝には意識も戻った。同日深夜に再び容体が急変。22日昼過ぎ、妻キミエさん(57)長女智永里さん(28)ら家族にみとられて亡くなった。

 遺体は夕方に都内の自宅に戻り、ミスターちん(40)ら弟子も駆けつけた。自宅前で会見したキミエさんは「今回の入院で延命措置の話が出たとき、本人は『舞台人として格好よく死にたい。ただ生き延びるのは嫌だ』と拒否しました。21日に病室を出る時、『また明日ね』に『うん』と言ったのが最後でした」と話した。

東京・大森の自宅洋間で静かに眠る星セントさん
東京・大森の自宅洋間で静かに眠る星セントさん

 セントさんは71年にルイスとコンビを結成した。漫才の台本は、セントさんが書いた。セントさんが一方的にまくしたて、それにルイスが必死になって受けるスタイルで「田園調布に家が建つ!」「右目で右目が見られるか」「すぐ捨てよう、夢と希望と卒業証書」「世の中に不足するもの、水と油とあんたの努力」「義理と人情とお中元」「オレたちに明日はない。キャッシュカードに残(ざん)はない」などのギャグで人気を博した。

 70年代後半から80年代初めにかけてビートたけしのツービートと東京漫才の人気を2分したが、直後に漫才ブームが起こると、セントさんは「テレビにこびたくない」と、持ち前のつっぱり精神で演芸番組の出演を拒否。ブームに背を向ける形で「ゴドーを待ちながら」など新劇の舞台やドラマに積極的に出演し、劇団を結成するなど独自の活動を展開した。



◆星(ほし)セント
 本名・村山袈裟夫。1948年(昭和23年)1月16日、長野市生まれ。高校卒業後、商業デザイナーを目指して上京。さまざまな職業を転々とした後、漫才の獅子てんや・瀬戸わんやの弟子となり、71年にルイスとコンビを結成した。ラフな格好で178センチのセントに対し、スーツ姿で153センチのルイスという凸凹ぶりと「田園調布−」のギャグで人気者になった。03年にコンビを解消。家族は妻キミエさん、長女智永里さん、長男明里(めいり)さん(24)。
葬儀日程
 ▼通夜 27日午後6時から、東京都大田区東海1の3の1の臨海斎場で。
 ▼葬儀 28日午前10時から同所で。
 ▼喪主 妻キミエさん


悼む

 トッポい兄ちゃん、最後まで周りを驚かせてくれたね。20日に危篤になり、翌日には意識を回復、見舞い客に冗談を飛ばすどころか、手まで振る元気ぶりで、見舞った親しい演出家の高平哲郎氏たちは「すっかり安心した」と胸をなで下ろした。その次の日に突然逝ってしまうなんて。

 この日、セントさんの病院へ行く時は「どんな話をしようかな」という軽い気持ちだった。受付で「家族の方が面会するそうです」と言われ、病室に入る瞬間まで「死」なんて頭の隅っこにもなかった。なのに、セントさんの顔に白い布が被せてあるではないか。絶句。言葉が出ない。心の中で「バカヤロー、なんでこんなに早く!」とつぶやくのが精いっぱいだった。

 セントさんがツッコミ、無邪気なオトナ子供のルイスがボケる。ネタは“教授”のニックネームの通り、すべてセントさんが作った。演劇志向のセントさん、爆笑志向のルイスは結局、コンビ別れという形になったが、個人タレントとして、また創作などの才能はまだまだ枯れていなかったはず。そんな才能を奪ってしまった、がんが憎い。さようなら、セントさん。安らかに。【演芸担当・梶繁男】


「セント・ルイス」の星ルイスさん
「セント・ルイス」の星ルイスさん

「別れたってずっと仲間だった」

 星ルイスは22日、都内の事務所で会見し「別れたってずっと仲間だった。おれの人生の中にはずっと彼がいた」と号泣した。コンビを解消したのは昨年5月。その後、セントさんの活躍をテレビなど知り、元気だと思っていたという。「自宅で訃報(ふほう)を聞いて『なんでだろう』と信じられなかった。漫才は無理でも一緒に芝居をやりたかった」。コンビ解消については「ある部分は嫌いだったが、別れたって好きだった。兄貴みたいにとてつもなくいいやつだった。いがみあったことを後悔しています」。さらに「僕もあっちの世界にいったら一緒に漫才をやりたい。『待っててくれよ』と言いたい」と声を詰まらせた。

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