北京オリンピック(五輪)のスノーボード女子ビッグエアでのメダル獲得が期待される鬼塚雅(23)を全面サポートするのが、所属先である星野リゾートだ。国内外で宿泊施設を運営する同社の星野佳路代表(61)は慶大時代にアイスホッケー部主将を務め、実業家としてスキー場の経営に、その手腕を振るうなどウインタースポーツとの縁も深い。「観光業の革命児」とも呼ばれる星野代表が日刊スポーツの取材に応じ、鬼塚をサポートする理由や五輪の将来像について語った。

【取材・構成=奥岡幹浩、阿部健吾】

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星野代表は、アイススケートが盛んな長野・軽井沢出身。幼少期からウインタースポーツに親しんできた。

小学時代は、冬になるとアイススケートに明け暮れていました。アイスホッケーをするようになったのは、東京で生活するようになった中学時代から。当初は技術面で劣っていたけれど、中学2年のときに母親から、「お前がいると弟が受験勉強できないから、ちょっとカナダでアイスホッケーの合宿に参加してこい」って言われて。アイスホッケー漬けの生活を約1カ月送ったら、一気に上達しました。帰国後の練習では、周囲の動きが止まって見えたほど。あれは人生で一番といっていいほど驚いた体験です。

高校卒業後は慶大に進学。大学でも競技を続け、体育会アイスホッケー部の主将を務めた。

僕が大学にいたころのチームは選手層が薄かった。どうすれば勝てるか考え、作戦を練るわけだけど、そう簡単には運びません。結局、試合中に選手が自分で考え、個々で決断していくしかない。そういうことを重視してチーム作りをしようとしたことが、やがてビジネスの世界で非常に役立った。組織論やビジネス理論を学ぼうとしたとき、体育会時代に苦労したことの理由なんかが理論立てて説明されていて、実体験を通してすっと理解できたのです。

国内で普及するにつれて競技人口も増え、北京五輪では日本勢にメダル候補がそろう注目競技となったスノーボードだが、20年ほど前はゲレンデで“厄介者”扱いされることも珍しくなかった。そんなころから星野リゾートはスノーボード普及に貢献してきた。

03年のアルツ磐梯、翌04年のトマムと、経営破綻したスキー場の再生に取り組むことになりました。スノーボードのことを真剣に考えるようになったのは、そのころから。当時の伝統的なスキー場の多くはスノーボーダーを冷遇し、スノーボーダーをターゲットにしていたところはなかった。だからこそマーケティング的に、アルツ磐梯を「スノーボーダーの聖地」としようとしたのです。その戦略をさらに強化するために、スノーボードのキッズ教室を開催。それを開始した時に、小学生の低学年で参加してきたのが鬼塚雅さんでした。

星野リゾートが鬼塚と所属契約を結んだのが17年。平昌五輪の約半年前のことだった。その後、鬼塚のための専用練習場を用意するなど、まさに全力サポートを重ねてきた。

鬼塚さんじゃなければ、僕らはやらなかった。なぜやったかといえば、まずは彼女が希望してくれたこと。そしてもう1つは、アルツ磐梯や猫魔スキー場で練習しながらスノーボーダーとして成長してきた彼女が、世界で羽ばたこうとしているというストーリーを重視しました。採算目的ではやっていません。共感してもらい、ブランドの質を決めていく際に、これは良いストーリーだと思ったからやっています。

運命の出会いから、平昌で思うような結果が残せなかった鬼塚を、変わらず、いやそれまで以上にサポートしてきた4年間だった。なお、“共感”のターゲットは、消費者に向けたものではない。

僕が大事にしたのは社員からの共感。広告宣伝だとか、採算は合っているかという話になると、つまらなくなってしまう。社員全員がこの人を応援したいと思えるかどうか。いったんは破綻したスキー場から、新しい戦略の中で成長してくれた選手が所属を希望してくれて、いま世界で羽ばたこうとしている。社員みんながサポートできるという気持ちを作っていくという意味で、ストーリーがすごく大事なんですね。星野リゾート創業108年の歴史の中で、祖父や父の代にも、こういったストーリーはいくつもあったし、それら1つ1つが情報資産になっています。そういう意味でも今、鬼塚さんのサポートを行っていることは、非常に意義があり、重要なことだと思っています。

(つづく)


◆星野佳路(ほしの・よしはる)1960年(昭35)4月29日、長野県生まれ。慶大経済学部卒。米コーネル大ホテル経営大学院修士課程修了。91年に星野温泉(現・星野リゾート)4代目社長に就任。山梨県「リゾナーレ」などのリゾート再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築、05年「星のや軽井沢」を開業。「星野リゾート アルツ磐梯」などスキー場経営も手がける。趣味はスキー。

自身の経験を語る星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏(撮影・菅敏)
自身の経験を語る星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏(撮影・菅敏)
カナダ・バンフにアイスホッケー留学をしていた時の、星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏
カナダ・バンフにアイスホッケー留学をしていた時の、星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏
スノーボード女子の鬼塚(左)と星野リゾートの星野代表(星野リゾート提供)
スノーボード女子の鬼塚(左)と星野リゾートの星野代表(星野リゾート提供)