世界ランキング1位の開心那(15=WHYDAH GROUP)が2大会連続の銀メダルを獲得した。92・63点で優勝したアリサ・トルー(オーストラリア)に0・55点届かなかったが「3本目にやりたかったことを出し切れてのメダルなので、本当にうれしい。東京のときよりもうれしい」と喜んだ。

45秒間で技を自由に演技する「ラン」で3回の試技を行い、最高得点で競う方式。1本目。金具部分でコースの縁を削るように滑る「ノーズグラインド」、空中に飛び出す難度の高いトリックを次々と完璧にこなし、91・98点を出した。早々にトップに立った。

2本目にスカイ・ブラウン(英国)に91・60点と迫られた中、攻めた。安定したメークからトリックを決める。しかし最後のジャンプに失敗。それでも79・79点をマークした。しかし3本目にトルーが「540」を二つ入れる大技で93・18をマークし、逆転を許した。さらにスカイ・ブラウンも92・31点の高スコアで3位に後退した。そのラストでも逆転の金を狙って攻めた。次々とトリックを成功させ、92・63点で銀メダルに輝いた。また、初出場の草木ひなの(16=スターツ)は69・76点で8位に入賞した。

金メダルこそ逃したが、日本史上最年少となる12歳11カ月で銀メダルを獲得した東京五輪に続き、表彰台に上がった。

予選でも88.07点を記録し、22人中トップで通過。最終技は高い壁に張り付くように板を当て、ジャンプしてから滑り降りる「ウォールライド」を披露するなど群を抜く安定感を見せ「1本目、2本目にフルメークをして、2本目にいい点が出て安心している。決勝では自分のランをフルメークして、メダルを狙いたい」と意気込んでいた。

強さの秘訣(ひけつ)は、安定感と独創性だ。2年間の五輪予選シリーズでは全6戦で決勝進出。そのうち優勝1度、準優勝3度、3位1度と、5度の表彰台入りを果たしており、世界ランキング1位で堂々とパリへ乗り込んだ。

関係者が「流れるような一筆書き」と表現するように、どこから写真を撮っても“映える”スケートが持ち味。競技を始めた幼稚園児だった5歳のときから、北海道苫小牧市の練習場に通い詰めて基本の反復練習を重ねた。コーチは母。経験者ではなかったが、一緒に動画などで研究を重ねる姿は10年間変わらない。その結果が、安定した高いメーク(成功)率へとつながっている。

世界で結果を残してきたが、口にする言葉は変わらない。「テレビで見ている人が『スケートボードってすごく楽しそう』と思ってもらえるようなプレーがしたい。唯一無二の誰とも被らない自分のスタイルでプレーする」。パークは空中に跳び上がって回転する「エア」が見どころの1つの種目だが、開はコースの縁などにトラックを当てて滑走する「グラインド」系の技を得意としており、他のスケーターとは一線を画す存在。「自分はエア系よりもグラインド系が好き。そこを攻めて誰もやってないことをやりたい」と貫いてきた。

東京五輪後、身長は約20センチ伸びて170センチになった。体重も増加。スケートボードは体重のかかり方など繊細なバランスが鍵を握る。そのギャップに苦しむ選手が多い中、開は「身長や体重が増えてスピードが出しやすくなった」と体の変化を前向きに捉え、「大きいところで技をかけやすくなった」とさらなるレベルアップにつなげてみせた。

15歳はこれからも、己の道を突き抜ける。

◆開心那(ひらき・ここな) 2008年(平20)8月26日生まれ、北海道苫小牧市出身。5歳で競技を開始し、小5の時に日本選手権制覇。東京五輪では日本人史上最年少メダルとなる12歳11カ月で銀メダルを獲得。23年世界選手権で優勝し、世界ランキング1位でパリ五輪に出場。南国好きの母が付けた名前の由来は「ココナツ」。身長は東京五輪から22センチ伸びて170センチ。血液型O。