トラック一面に日の丸が広がった。それが誇らしく、怖かった。

 閉会式は勝者と敗者が入り乱れ、人種も国籍も宗教も解け合って、みんなが笑っていた。敵意や憎悪のない世界。幻ではないのだ。五輪の力、スポーツの力のすさまじさに圧倒された。この夢のような平和が、東京に、日本に託されたのだ。雨に消えゆく聖火を見ながら、私は祈った。どうか4年後も、夢の続きが見られますように。

 17日間、強い心の物語をいくつ見ただろう。最終種目の鉄棒で大技を連続で決めて大逆転した体操男子個人総合の内村航平、過去1勝9敗の強敵を打ち砕いて96年ぶりのメダルをつかんだテニスの錦織圭、残り数秒で銀を金に変えてみせた女子レスリングの登坂絵莉と伊調馨、4人の結束力で王者ジャマイカに食らいつき、米国を振り切った陸上男子400メートルリレーの日本チーム。日本人はこんなにも強かったのだと、誇らしかった。

 敗者の涙も美しかった。4連覇の夢を阻まれた女子レスリングの吉田沙保里。「ごめんなさい」と泣いて謝る姿に、背負った重圧の大きさを気づかされた。日本のために戦い、燃え尽きたのだ。いくつ夏が過ぎても、涙の銀メダルを日本人は忘れないだろう。準々決勝で奥原希望との日本人対決に敗れ、「悔しいです」と涙を流したバドミントンの山口茜。五輪は残酷だと思った。まだ19歳。その涙はきっと東京で味方になってくれるはずだ。

 会場の外にもドラマがあった。内村に最後に逆転されて金メダルを逃したウクライナのオレグ・ベルニャエフ。会見で内村に向けられた「あなたは審判に好かれているのでは」の採点に疑問を投げる質問を、「得点は公平。質問は無駄だ」と隣の席から遮った。スポーツマンシップの何と美しいことか。4年後、東京での彼の演技が今から楽しみになった。

 驚異的な強さで陸上史上初の3大会連続3冠を成し遂げたウサイン・ボルト(ジャマイカ)。今大会の5つを加えて史上最多23個の金メダルを積み上げた競泳の怪物マイケル・フェルプス(米国)。彼らは人間の持つ無限の可能性を教えてくれた。その勇姿を東京で見られないのは残念だが、100年後も語り継がれるであろう伝説たちと同じ時代を生きられた幸福に、感謝せずにはいられない。

 五輪旗を受け取った小池百合子都知事の着物姿に、開会式で恥じらいもせずに民族衣装を身にまとい、喜々として行進する小国の選手たちの姿が重なった。私たちは日本人なのだ。海外をまねることも、遠慮することもない。4年後、日本選手たちが粋な浴衣姿でうちわを打ち振って、誇らしげに歩く姿を見たくなった。

 半世紀前に公開された映画「東京オリンピック」(市川崑監督)の最後の字幕を思い出した。「人類は4年に1度夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」。明日からはまた、紛争もテロも天変地異も抱えた混沌(こんとん)とした現実が戻ってくる。だからこそ私たちはリオで見たあの強い心を忘れてはならない。何としても東京に聖火をともすのだ。4年後、夢の続きを見るために。【首藤正徳 五輪・パラリンピック準備委員】