大会も終盤を迎えたリオデジャネイロ五輪。日本選手を中心に取材を進めているなかで、さまざまな意味を含んだ涙を見てきた。金メダルにわき出た歓喜、金メダルが近そうで遠かった現実にむせび泣く悔恨、メダルは胸になくとも力を出し切った充実感。4年間、選手によってはもっと長く人生そのものの凝縮された瞬間が訪れる場面を目の当たりにする。さまざまな感情を揺り動かされる貴重な空間-。

 18日、バドミントンの女子ダブルス決勝で日本選手史上初の金メダルを手にした「タカマツ」ペアの松友美佐紀(24)が流した涙は、それまで見た涙とは大きく違う意味を含み、この金メダリストのすごみを際立たせるものだった。「試合をしていく上で、五輪で最後と決めている選手もたくさんいて、それがつらくて。いろいろな選手がいて、いまの自分がいる。もう戦えないと思うとつらかったです…」

 そう言葉を紡いで、涙がこぼれた。感謝であり、喪失感であり、そしてそのペアの最後を見つめながら、頂点に立った自分たちの使命感であり。対戦競技の勝敗をどこか越えたところからきた発言に、聞いていたこちらも鳥肌が立った。「超越した優しさ」、松友には今大会初めての異質な性質をかぎとった。

 五輪では他競技を、その競技数ほどは多くない記者でカバーするため、専門競技以外の現場に赴くこともしばしば。バドミントンを取材するまで担当していた柔道では、相手のことを痛み入る選手など皆無だった。やるかやられるか。格闘技ゆえの、というよりは対戦競技ではそれが当然だろう。ましてや、五輪なのだ。「優しすぎるゆえに勝てない」。柔道会場では、そんな評も聞き取れた。非情に、わがままに。競技の中だけは常識とは違う「非常識」が推奨されるのも、うなずける。だからこそ、「もう戦えないと思うとつらい…」という松友の発言は際立った。

 普段からバドミントンを取材しているわけではない。だから、松友の出自や性格などは多くは知らない。それでも、この言葉1つで、金メダルを取る選手のすごみを知ることもできる。戦うことで自分を成長させてくれた相手の最後という事実が、自分たちの歓喜より先に立つ。なんという慈悲だろう。それは超越している優しさであり、それを抱えたままの戦い方もあるのだと分からせてくれた。

 「優しいだけじゃ勝てない」。そんなスポーツ界の雄弁にくさびを打つ金メダリストの誕生。それは日本のスポーツ界にとっては、金メダリスト以上の価値があると言ったら言い過ぎだろうか。そう思わせてくれるくらい、スポーツを取材する側としても貴重な言葉をもらった。感謝したい。【阿部健吾】