飛行機でリオデジャネイロから北北西へ約6時間。アマゾンの入り口、マナウスに到着する。そこからアマゾン川の上流である「ネグロ川」を北西に向かって約1時間30分航行し、リオ五輪アーチェリー代表を目指していたブラジル先住民に会いに行った。東京から数えると約37時間もの大移動だ。

 植物から出るタンニンが原因で黒褐色になるネグロ川を小型船で進む。酸性の水はボウフラも育ちにくいという。川幅は大きいところで10キロ以上あり、6月下旬の最大水位時は対岸が見えず、海と勘違いするほどになる。

 まずは「カンベッヴァ村」に到着した。先住民とは言っても現代文明との接触は随分前からあり、洋服を着ている。手作りのブランコで小さな女の子たちが遊んでいた。座りながら食べているのが「インガの実」。1メートルほどある硬いサヤの中に種がある。その種の周りについている白くて甘い実を食べるのだという。男の子たちは滑り台を元気に駆け回っていた。

 次に向かったのは「クワヌン村」。ここが今回の最終目的地だった。ネグロ川の支流にある。到着し、川から10メートルほどの崖を上ると、民家が数軒点在していた。家の前は整地されているものの、それ以外は、アマゾンの森が迫っている。

 残念ながらリオ五輪出場はならなかったが、20年東京五輪を目指すことを決めた女性、グラジエラ・パウリーニョ・ドス・サントス(20)の故郷だ。

 大人たちは弓矢で小動物や魚を捕り、グラジエラは小さい頃からそれを見て、弓矢で遊んでいた。大自然に囲まれ、男の子に混じって木登りをし、川にダイブし、類い希な運動能力を身に付けた。そんな彼女家族の生活の一部を見せてもらった。

 木造の家の中にはテレビや扇風機があった。グラジエラも含め家族はスマートフォンも持っている。調理場では川で釣ってきた魚も大胆に素揚げ。狩ってきたという鹿の肉を、姉が豪快にさばいていた。

 グラジエラには子どもの頃、遊んでいた木登りを見せてもらった。あっという間に3メートル以上の高さまで上ってしまった。アーチェリーの実力もお墨付きで、競技を始めてわずか2年で代表争いまで演じた。4年後の東京大会ではぜひ、ブラジル代表として出場してほしい。