「社長黒木茜」二足のわらじで夢舞台へ／注目選手

　リオデジャネイロ五輪馬場馬術代表の黒木茜（３７＝スクーデリア・エクイット）は、老人ホーム社長と馬術の二足のわらじで初の五輪に向かう。今年６月初めの日本代表選考会。愛馬「トゥッツ」と４位に滑り込み、上位４組に与えられる五輪出場権をつかんだ。「ギリギリでなんとか、しがみつきました」。やんわりと描いていた夢が、現実になった瞬間だった。

　日本列島がラグビー日本代表の南アフリカ撃破に湧いた昨年９月。その裏で馬術界も、格上の南アフリカを倒す番狂わせに酔いしれた。「本当に勝っちゃった、みたいな感じで…」（黒木）。地域予選での一騎打ちで競り勝ち、２大会ぶりの団体出場権獲得。これにより、個人の出場枠４も確保した。２０メートル×６０メートルの競技アリーナ内で、歩行、ステップなどの正確さや美しさを競う馬場馬術。フィギュアスケートに似た採点競技での下克上は、そう簡単ではない。

放射線技師から経営者に転身25歳で馬術の道へ

　その一員となった３７歳は代表選考会前の今年５月、兵庫・姫路市内で机に向かっていた。場所は老人ホーム内の一角。黒木は専門学校卒業後に放射線技師となったが、３０歳の０８年ごろから新たな人生を模索した。訪問介護に携わる父のもとで勉強し、１２年に独立。従業員７０人をまとめる社長となったのだ。「従業員、利用者さんあっての、私の競技です。いつも理解をして『頑張って』と応援してくれます」。１２年のロンドン五輪当時の自分を振り返ると「五輪？　とんでもない、とんでもない。雲の上の場所でした」。２５歳で馬術を始めた黒木は、五輪を目指してすらいなかった。

３大会連続五輪金メダリストに師事し頭角現す

　転機はロンドン五輪後の１２年１１月。全日本馬場馬術大会で５位に入賞した。審判５人中、外国人が４人。馬や競技者への先入観を持たない、外国人審判員の評価に自信が芽生えた。「海外でトライしてみたい」。即行動。だが、最初に渡ったドイツでは半年間、担当トレーナーと意見が合わなかった。「馬場馬術といえば、この人しかいない」。苦悩し、行き着いたのはあるホームページ。００年シドニー五輪から馬場馬術個人で３大会連続金メダルを獲得したアンキー・ファンフルンスフェン（４８＝オランダ）のものだった。五輪で計８個のメダルを獲得した女王へ「私と、私の馬を助けてください」と決死の直談判メールを送信。すると「では、馬を連れてきなさい」と返ってきた。すぐさま拠点を移すと、瞬く間に腕が上がった。

　現在はオランダ内で別の師の教えを受けながら「アンキーも気に懸けてくれる」と異国での出会いに感謝する。メキメキと力をつけ、届いたのがリオの舞台だ。１年の半分を日本で社長業に費やすハンディ。だが、黒木はサラリと言う。「他の人と違って一年中、馬に乗らない。でも、仕事も大事なんです」。オランダでの夜もマナーモードは解除。スマートフォンを枕元に置き、日本に残す従業員からの電話に対応する。

馬への真っすぐな愛…庭でホースセラピーの夢

　黒木は馬場馬術を「馬の力が７割、人の力が３割」と分析する。競技者はなるべく小さく合図を送り、馬の雄大かつ華麗な動きを導くのがポイントだ。何よりも大事なのは愛馬との信頼関係だろう。黒木には、馬に対する真っすぐな愛を示す夢がある。

　「馬の目にはすごく力があるんです。夢は…。老人ホームの庭で馬を飼って、ホースセラピーをすることですね。利用者さんには一度きりしかない人生に、誇りを持って生きてほしい。その力にも、馬はなれると思っています」

　多忙を極める両立も、決してハンディではないのだろう。「競技者黒木」を支えるのは、他ならぬ「社長黒木」だ。【松本航】