1年延期された東京五輪聖火リレーが25日、福島県からスタートした。双葉町出身の声優兼女優桜庭梨那(25)がランナーとして故郷・双葉町を走った。新型コロナウイルス感染拡大が収まらない中、五輪中止や延期を望む声が多数を占める。20年3月に避難指示が一部解除された故郷を走れる喜びはあるものの、感染状況からは素直に喜べない複雑な胸中をのぞかせた。

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双葉町民に親しまれた「せんだん太鼓」が鳴り響く中、桜庭は双葉町第1走者としてJR双葉駅前からスタートした。双葉町は東京電力福島第1原発事故で全町避難が続き、20年3月に避難指示が一部解除されたが、住民帰還は実現していない。散りぢりになった町民が各地から駆け付け、沿道は密にならない状態で、計500メートルのリレーを見守った。「双葉町に人がいることが新鮮でした」。

原発事故で避難指示を受ける15歳まで、双葉町で生まれ育った。「震災や原発事故を忘れられたくない」とランナーに応募。念願だった故郷での走行になるはずだった。

感染状況から、五輪開催中止や延期を望む声が大多数だ。著名人ランナーの辞退も続出。辞退するかどうか、昨年末から2週間前まで悩んだ。「後ろめたさがあった。いっそ再延期になってくれればと思いました。本当に開催するのかなって。心から楽しめるようになって、やればいいのでは」と、今も疑問を持つ。

「状況が状況なので、双葉町出身の友達に『見に来てね』とも言えなかった」と残念がった。「コロナのことを考えると、双葉町を走れてうれしかったと素直に言えない。複雑です」。

同じ双葉町のランナー2人も悩んだ結果、走ると決めたことを知った。「決めた以上は(聖火リレー公式アンバサダーの女優)石原さとみさんばりの笑顔で走るしかないね」と話し合ったという。「できることをやるしかないと思って走りきりました」と、少しだけ笑顔をのぞかせた。【近藤由美子】

○…双葉町第2走者の双葉町役場職員、井戸川俊さん(26)は「双葉駅の駅舎を見ながら走れて感慨深いです」と話した。住民帰還は実現していないが、リレーが行われた双葉駅を含む一部が避難指示解除されたのは1年前。「(駅前は)普通にイベントをやってもいい場所なんだと。これまで普通の場所ではなかったので、普通の場所になったことがうれしかった」と振り返った。「双葉町の現状に関心を持ってもらうことが、復興にもつながる。アピールできたと思います」

○…双葉町の聖火リレーはさまざまな人が見守った。原発事故まで40年以上、双葉町に住み、避難先の都内で暮らす80代女性は「つらいけど、双葉町には2度と帰れないという思いがある。複雑な気持ちだけど、行事ができることになって、また復興が進んだ」と前向きに受け止めていた。福島県富岡町の東京電力勤務の40代男性は「ここまで努力され、表す言葉もないです」。一方で「10年経過しても(避難指示解除は一部)という状況。力が足りないと思っている」と話した。

◆25日の聖火リレー 福島県楢葉町・広野町にまたがるJヴィレッジからグランドスタート。第1走者はなでしこジャパンが務めた。いわき市では映画「フラガール」に出演した南海キャンディーズのしずちゃんが走った。聖火は、東京電力福島第1原発事故のため、いまだに町民が帰還できていない双葉町を通り、南相馬市の雲雀ケ原祭場地で、初日のゴール地点到着を祝う初のセレブレーションを行った。今日26日は福島県相馬市の中村神社からスタート。福島市を経て、会津若松市の鶴ケ城へ向かう。