若きアイヌ文化伝承者が、聖火とともに民族の灯をともす。4月に白老町に誕生するアイヌ文化施設ウポポイ(民族共生象徴空間)の職員、山道ヒビキさん(30)が、東京オリンピック(五輪)の聖火ランナーを務める。アイヌ民族の家庭で育ち、現在は同施設の舞踊グループリーダーを務める。6月の聖火リレーを通して、自身のルーツであるアイヌ文化を国内外に発信する。

青天のへきれきだった。昨年11月、山道さんに東京五輪の聖火ランナー抜てきの一報が入った。「びっくりしました。電話の相手の方も驚くぐらい『えっ!』と言ってしまった」。北海道でも聖火リレーが走ることは知っていた。ただ自身がトーチを持って走る姿だけは想像できなかった。

今年4月、アイヌ文化を発信する拠点としてウポポイが白老町にオープンする。総事業費約200億円の国家プロジェクトは北海道にとっても一大事業。道は大会組織委員会に白老町を聖火リレーのルートに入るように要望し、6月14日の最終地点となるセレブレーション会場に決まった。同施設職員の山道さんは道実行委員会の選考枠で選ばれ約200メートルを走る予定だ。

聖火に思いを重ねる。リレーは3月12日にギリシャを出発し、人から人へ受け継がれていく。「それはアイヌ文化の伝承も同じ。いろんな人の思いがあって学んできた文化がある」。幼い頃からアイヌの舞踊や歌、木彫りを教わり「周りに期待されてスパルタのようだった」と振り返る。「思春期は古い文化だと感じ恥ずかしい気持ちがあった」と、10代には離れた時期もあった。19歳のとき、同世代の舞踊に感銘を受けたことをきっかけに伝える側に回った。ランナーに決まってからは各地域のアイヌ民族の人から激励され「僕たちウポポイの職員は、自分たちの文化をどんな形でも伝えていきたい」と話す。

さらに伝えたいのは多様性だ。ウポポイの職員には道外や海外からもアイヌ文化に思いを持った人が集まっている。山道さんがまとめる26人の舞踊グループも「全員がアイヌ民族ではなくシサム(隣人、和人の意味)が多くいる」。開業準備でさまざまなルーツの人の意見を取り入れることで深みが増している。「北海道にはいろんな文化がある。みんな違って当たり前というところも伝えたい」。

00年シドニー大会でのオーストラリア先住民アボリジニなど、過去の五輪でも開会式などで先住民族が紹介された。セレブレーション会場ではアイヌの舞踊を披露する可能性もある。昨年のラグビーワールドカップ(W杯)では、会場の札幌ドームで古式舞踊を披露。スタンド最上段の観客が、前の席まで来て見入ったという。「海外の方の反応はすごく良い。新しいものを見ることに目をキラキラさせている」。五輪という世界的なイベントの発信力に期待している。

スポーツの経験はない。幼い頃は山登りが得意で、今は舞踊で体を動かしているため体力には自信がある。本番に向けて家と職場の往復4キロを走って準備をしていくつもりだ。「自分たちの思いがバトンタッチされることを考えると楽しみの気持ちの方が強い」。緊張感と期待感を交錯させ、トーチを手にする日を待っている。【西塚祐司】

◆山道ヒビキ(やまみち・ひびき)1989年(平元)3月29日、平取町生まれ。アイヌの家庭で育ち、アイヌ文化伝承者育成事業を修了後、アイヌ民族博物館に就職。アイヌ語入門講座の講師やイベントなどで活動する。18年4月から公益財団法人アイヌ民族文化財団に所属。ウポポイでは文化振興部伝統芸能課の舞踊グループリーダー。独身。