【7/10から浅尾コーチ登場】根尾昂にこそ贈りたい サッカー界の英雄が残した金言

田村藤夫氏(63)の「プレミアムリポート」は、中日根尾昂投手(23=大阪桐蔭)へのインタビュー(全5回)を終えた田村氏の総括リポートです。7月10日(月)からは浅尾拓也2軍投手コーチ(38)が登場予定。根尾についてたっぷりと語っています。引き続き、お楽しみください。

プロ野球

◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団競合の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、22年途中から投手に登録を変更。22年は野手として49試合に出場し打率2割、本塁打なし、4打点。投手として25試合に登板し勝敗なし、1ホールド、防御率3・41。177センチ、78キロ。右投げ左打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

壁に当たることは、おぼろげに予想できた

私は長いこと野球をしてきたから、多少なりともピッチャーへの知識はある。

もちろん、とてもじゃないがその知識はレベル的には、プロ野球のピッチャーのそれとは比べるまでもない。それこそ、根尾とのインタビューの中で披露するにはふさわしくないと思ってきた。

それでも、高校時代はピッチャーも経験した。プロ入り後は、一番近くで多くのピッチャーをずっと観察し、コミュニケーションも取ってきた。

だから、いくらかピッチャーについて分かることもあるし、見える部分もある。

根尾が野手からピッチャーに転向して、何かの壁に直面するであろうことも、おぼろげには予想はできた。

繊細さを痛感させられた言葉

昨年は中継ぎとして戦力になっていた事実は、やはり根尾の持って生まれた才能、素材の確かさゆえと思う。

昨年のフェニックスリーグ、秋季キャンプから、ここまでの歩みの中には、どこかで悩むことになるだろうと、若干の不安のようなものは、常に頭のどこかにあった。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。