【ポスト朗希の本命】ロッテ大隣憲司2軍投手コーチお墨付き 田中晴也に目を奪われた

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。

今回はロッテの高卒3年目・田中晴也投手(20=日本文理)です。

プロ野球

◆田中晴也(たなか・はるや)2004年(平16)6月6日、新潟・長岡市生まれ。四郎丸小2年から赤城ベースボールクラブで野球を始める。長岡南中では軟式で、3年の時に県大会3位。県選抜入りし、全国都道府県対抗で準決勝進出。日本文理に入学して1年生の秋からベンチ入り。2年の春から背番号1。2、3年の夏の甲子園出場。22年ドラフト3位でロッテ入り。24年6月1日阪神戦で1軍戦初出場。同7月3日日本ハム戦でプロ初勝利。186センチ、92キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1100万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載202】<ファームリポート:イースタンリーグ・日本ハム1―1ロッテ(延長10回、日没コールド)>◇2025年3月15日◇鎌ケ谷

■「田中がいますからね」

プロ野球の公式戦として、初のタイブレークが印象に残った一方、ロッテ田中晴の非凡な才能には目を見張らされた。

試合前、ロッテの大隣投手コーチと話をしていて、いかに田中投手に寄せる期待が大きいかを聞いていた。先発して6回途中まで86球を投げ、3安打9奪三振で無失点という内容だったが、その数字以上の可能性を見せてくれた。

大隣コーチと話した際、私は「佐々木朗希が抜けた穴をどう埋めるかだね」と話題を向けた。

すると大隣コーチは、なんの前置きもなくさらりとした口調で「田中がいますからね」と答えた。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。