DeNA森敬斗が陥った打撃の沼…周囲は手に取るように分かっても、本人は気付かない

今回の田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」は、6年目のシーズンを迎えたDeNA森敬斗内野手(23=桐蔭学園)です。

ゴールデンウイーク中の5月4日、イースタン・リーグのDeNA―日本ハム戦を見に横須賀スタジアムを訪ね、1軍昇格へのきっかけをつかもうと、バッティングにもがく様子を目の当たりにしてきました。

どうぞ、ぜひ、最後までご覧ください。

プロ野球

◆森敬斗(もり・けいと)2002年(平14)1月28日、静岡市生まれ。小学3年から野球を始め、中学時代は硬式の島田ボーイズ所属。桐蔭学園(神奈川)では1年夏からベンチ入り。3年春にセンバツ出場し、同夏のU18W杯で日本代表に選出された。19年ドラフト1位でDeNA入団。20年10月27日巨人戦でプロ初出場し、初打席で初安打をマーク。昨季、自己最多71試合に出場し、47安打、打率2割5分1厘、0本塁打、5打点、8盗塁。177センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸2300万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■端的に言えば、上体が前に出されてしまっている。

打席の森は自信なさげでも、覇気がないようにも見えなかった。

開幕から1軍スタメンでショートで起用され、レギュラー取りに一番近い理想的なシーズンのスタートだった。それが、開幕から13試合、スタメン出場しながら打撃が上向かずに降格した。

打席でどんな工夫をするのか、アグレッシブにバットを振っているのか、私は集中して見入った。

残念ながら、不調は明らかだった。端的に言えば、上体が前に出されてしまっている。体重が軸足の左に残っていない。

私が現役時代、スランプに陥った打者への攻略はシンプルだった。打たれない攻め方を繰り返すだけで良かった。

捕手の位置から打者を観察していると、ちょっとした動きの違いに、好不調の兆しが見えるものだ。それは、調子がいい時の打撃フォームが頭の中にイメージとして残っているからで、無意識のうちにその残像と今の体の動きを比較すると、どこに違和感があるのか、おおよその見当はついた。

例えば、上体が前に出てしまう、もしくは、かかと体重になっている、そして体の開きが早い。スランプに陥る打者はこうしたいくつかのパターンの中で苦しんでいることが多かった。そして、捕手はそうした打者の苦しみを逆手に取ることで、確実にアウトを稼いだ。

決して捕手としての特性をひけらかしたいのではなく、この日、森のバッティングを見て、どうして調子を落としているのか、私なりに納得できた部分があった、ということだ。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。