2023年、誰よりも根尾昂を取材した評論家…田村藤夫さんが語るホントのところ/前

田村藤夫氏(63)が中日・根尾昂投手(23=大阪桐蔭)の今季を「プレミアムリポート」で前・後編として振り返ります。

昨年10月のみやざきフェニックス・リーグに始まり、2月の沖縄・読谷2軍キャンプでの大乱調。ファーム調整が続いた春先以降は、4、6、8月にナゴヤ球場でインタビューを重ねてきました。

待望の今季1軍初昇格して迎えた9月18日、バンテリンドームでの広島戦で今季初先発し、6回 2/3 を投げ4失点(自責0)。翌日、直電して取材をしています。

ここまでの歩みを含め、継続取材して本心に迫ってきました。プロ入り後、ずっと苦しんできた根尾に対する思いを語ってもらいました。

前編では、プロ入りからここまで、野手でもポジション変更を繰り返し、投手転向してきた歩みを振り返ります。

プロ野球

◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団競合の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、22年途中から投手に登録を変更。22年は野手として49試合に出場し打率2割、本塁打なし、4打点。投手として25試合に登板し勝敗なし、1ホールド、防御率3・41。177センチ、78キロ。右投げ左打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

2013年10月7日、ナゴヤ球場

2013年10月7日、ナゴヤ球場

■5年の歳月…ショートから投手、指導者から評論家

19年にドラフト1位で中日に入団してきた根尾と初めて会った時、こうして5年という歳月をかけて、ピッチャーでマウンドに立つ姿を見守ることになるとは、想像できなかった。

まだショートだった根尾は、送球が時々乱れることがあり不安定な部分はあったが、肩は強く、なによりも一生懸命に練習に取り組んでいた。

プロだから、どの選手も真剣に全力で練習しているが、根尾の取り組み方は群を抜いていた。

守備にしても、バッティングにしても、考えながらやっているのは伝わってきた。それでいて、自分の考えもあるはずなのに、コーチの考えにも素直に取り組み、言われたことを必死になってクリアしようとしていた。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。