根尾昂への感情移入と、先を見据え相反する評価「まだそういうレベルということ」/後

田村藤夫氏(63)が中日・根尾昂投手(23=大阪桐蔭)の今季を振り返る総括を「プレミアムリポート」でお送りします。昨年10月のみやざきフェニックス・リーグから春季キャンプ、シーズン中とインタビューを重ねてきました。2回連載の後編は、今季最終登板となった9月30日の巨人戦で見えた今後の課題などに踏み込んでいきます。

プロ野球

◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団競合の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、22年途中から投手に登録を変更。22年は野手として49試合に出場し打率2割、本塁打なし、4打点。投手として25試合に登板し勝敗なし、1ホールド、防御率3・41。177センチ、78キロ。右投げ左打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

2023年10月7日、ナゴヤ球場

2023年10月7日、ナゴヤ球場

■最も地道、かつ確実な解決策

私は読谷キャンプで制球を乱した根尾が、ピッチャーとしての根本的な課題にぶつかったと感じた。

と同時に、これは根尾が必ず克服すべき問題であり、乗り越えた時、投手根尾の未来像が描けるのではないかと直感的に思った。

それにしても、どうやって体の動かし方をチェックし、再び思ったところに制球するフォームを身につけるのだろうと、その具体策は描けなかった。

しかし、春にナゴヤ球場を訪れ、根尾と浅尾投手コーチに話を聞き、最も地道に、それでいて確実な方法に取り組んでいると知った。

それは、200~300球は入る大箱を傍らに置き、数メートル離れたネットへひたすら投げるという練習だった。

浅尾コーチの言葉を借りれば、大げさではなく、ほぼ1日その練習に費やすこともあったという。

2022年11月22日、ナゴヤ球場

2022年11月22日、ナゴヤ球場

こうして言葉にすれば何げなく感じるかもしれないが、私には何となく想像できる。

根尾が、大箱のボールを1個つかんでは、体の動きをひとつずつチェックしながらネットに投げる姿を。

それを、大箱1箱を投げ終わると、ネットのボールを集めて再び大箱を傍らに置いて投げ始める。それを何回も繰り返し投げる。

このへこたれないメンタル、あきらめない気持ちの強さ、そしてどこまでも強い体があって、初めてできることだ。

根尾だからこそ、愚直にどこまでも丁寧に、時間をかけてやっていたと確信が持てる。

事実、後日話を聞いた時「体のバランス、そしてボールから指を離すタイミングさえ戻れば、何とかなると思っていました」と、虚勢を張るわけではなく、自然体で答えていた。

このトレーニングを通じて、やがて根尾は制球を取り戻していく。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。