【吉田輝星・躍進の理由】最後に会ったのは9カ月前…寂しさと、1軍定着のうれしさと

今回の田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」では、オリックス移籍1年目で50試合に登板し、4勝0敗、14ホールド、防御率3・32と大きく飛躍した吉田輝星投手(23=金足農)について解説します。

昨オフ11月下旬、日本ハムから3連覇中のオリックスに緊急トレードとなり、大きく注目されました。それから1年、充実した投手スタッフの中で1軍に生き残り、プロ6年目でもっとも内容ある成績を収めました。

具体的に何が成長し、来シーズンに向けてどこが強化ポイントなのか、シーズン中の映像をもとに、20年シーズンから吉田投手のピッチングに注目してきた田村氏が詳細に解説します。

プロ野球

◆吉田輝星(よしだ・こうせい)2001年(平13)1月12日生まれ、秋田県出身。金足農では1年夏からベンチ入り。3年夏は、秋田大会から甲子園準決勝まで10試合連続完投勝ち。決勝では大阪桐蔭に敗れたが、金農旋風を巻き起こした。18年ドラフト1位で日本ハムに入団。19年6月12日広島戦で初登板勝利。23年オフにトレードでオリックスへ移籍。通算114試合、7勝9敗、19ホールド、防御率5・39。175センチ、83キロ。右投げ右打ち。推定年俸は今季1600万円から来季は3799万円にアップした。

◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■成長の証しであり、本人にとっては良かったこと

本来ならば球場に足を運び、スタンドから吉田投手の球筋を見たかった。

私のメインの評論活動のフィールドはファームであり、高校野球であるため、こうして映像を元に解説をするのは、読んでいただく方にも大変申し訳ない思いがある。

一方で相反する気持ちもある。

20年以降、何度か日本ハム時代の2軍戦で吉田投手のピッチングを見てきた。また、23年春のキャンプではじめて対面取材し、ことあるごとにその時々の状況を聞いてきたため、そんな投手がシーズンを通して1軍で活躍することは本当に喜ばしい。

ゆえに、ファームで取材するチャンスに恵まれなかったことは、つまり吉田投手の成長の証しであり、本人にとっては良かったことなんだと実感している。

本文残り71% (2445文字/3457文字)

1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。