DeNA京田陽太が中日時代を赤裸々に…立浪監督との確執は?/後編は強制送還の真相

田村藤夫氏(65)のプレミアムリポートは、DeNA京田陽太内野手(30)へのインタビューです。

22年オフに中日からDeNAにトレードで移籍。今季は移籍後では初めて出場が100試合を超え、101試合で打率2割4分5厘という成績でした。

田村氏が中日コーチ時代にドラフト2位で入団。バッテリーコーチと内野手という間がらでしたが、交流があり、昨年の宜野湾キャンプで久しぶりの対面となりました。

12月中旬、神奈川・横須賀で自主トレーニングに励む京田選手のもとを田村氏が訪れました。

プロ野球

◆京田陽太(きょうだ・ようた)1994年(平6)4月20日、石川県生まれ。青森山田では1年春から遊撃でレギュラー。日大では3年秋にベストナイン、4年時は主将。16年ドラフト2位で中日入団。1年目の17年に149安打を放ち新人王。18、20年、全試合出場。22年オフ、砂田毅樹とのトレードでDeNA移籍。今季は101試合、53安打、1本塁打、27打点、3盗塁、打率2割4分5厘。国内FA権を行使せず残留。来季年俸は1000万円増の6000万円(金額は推定)。184センチ、90キロ。右投げ左打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■「新聞に立浪監督のコメントが載っていたんだよな」

田村氏日本シリーズ優勝おめでとう!

京田ありがとうございます。

田村氏良かったな。それに出場試合も100試合超えて、個人的にもいいシーズンだったんじゃないか?

京田はい、おかげさまで。日本シリーズに出場できなかったのは、まだまだ自分の力不足です。

田村氏それで熱心に練習しているのか?

京田はい。僕は野球大好きですから。

田村氏えっ、そうだっけ。そんなに好きなのか?

京田はい、もう野球だけですね。

田村氏趣味は?

京田みんなはゴルフしたり、いろいろあるみたいですけど、僕はオフのイベントの時をのぞいてゴルフもやりません。

本当に野球大好きですから。

田村氏へえ、そうだったんだ。

京田はい、シーズン終わって、この前地元には戻りましたけど、あとはこっちでずっと練習です。年末年始も、もう石川には帰らないでこっちで練習の予定です。

前向きに練習に取り組む京田を見て、トレードが本当に大きな転機になったと実感した。実は、今回の取材では、以前からじっくり話せるタイミングがあったら聞きたかったことが頭の中にあった。

リラックスした様子でバットを振る姿に、自然とその話題が口をついた。

田村氏前から京田には一度聞きたかったんだけど…。

京田はい、なんですか? なんでも聞いてください。

田村氏それなら遠慮無く。中日からDeNAにトレードが決まった時、新聞に立浪監督のコメントが載っていたんだよな。

京田はい、覚えています。

田村氏その中で、移籍のあいさつに行った京田に対して立浪監督が「お前、頑固だったな」って言ったんだよ。

京田はい、そうでした。それも覚えています。

田村氏あれは、どういうことだったんだ? あの言葉の額面通りに、京田が頑固だった、という意味に受けとめたのか?

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。