【疲労骨折】吉田輝星の現在地…探り探りのブルペンに見た光明 丁寧な返信に見た本質

今回の田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」では、2月9日にオリックスの宮崎・清武キャンプを訪れ、リハビリ中の吉田輝星投手(24=金足農)を取材しました。対面の取材はできませんでしたが、それでも現状の回復状況なども含め、田村氏が感じたことをお伝えします。

吉田投手は右肘の検査のため宮崎キャンプを離れました。今後の回復具合が気になる状況です。

プロ野球

◆吉田輝星(よしだ・こうせい)2001年(平13)1月12日生まれ、秋田県出身。金足農では1年夏からベンチ入り。3年夏は、秋田大会から甲子園準決勝まで10試合連続完投勝ち。決勝では大阪桐蔭に敗れたが、金農旋風を巻き起こした。18年ドラフト1位で日本ハムに入団。19年6月12日広島戦で初登板勝利。23年オフにトレードでオリックスへ移籍。昨季は22年(51試合)に次ぐ50試合に投げ、自己最多4勝&14ホールドを記録。防御率は3・32を残した。通算114試合、7勝9敗、19ホールド、防御率5・39。175センチ、83キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸3700万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■2月9日のブルペン

本当は、オリックスで迎える2度目のキャンプで、吉田が目を輝かせてブルペンに入ってくるのを楽しみにしていた。

現実は違った。

昨年シーズン終盤に右肘を疲労骨折しており、キャンプは2軍スタートだった。9日、清武のブルペンに姿を見せた吉田の表情は硬く、私はリハビリ段階のピッチングを、どうなることかと見守っていた。

本文残り72% (2225文字/3110文字)

1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。