【阪神・原口文仁】「写真撮ろう」「いいっすよ。俺が撮ります」久しぶりでもこの笑顔

田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」は、阪神の原口文仁内野手(32=帝京)です。

12年に阪神で2軍コーチを務めた田村氏。当時は捕手だった原口選手とは、一緒に汗を流した仲です。沖縄・具志川の2軍キャンプを訪れ、短い会話をかわしてきました。

プロ野球

◆原口文仁(はらぐち・ふみひと)1992年(平4)3月3日、埼玉県生まれ。帝京3年夏の甲子園で準々決勝進出。09年ドラフト6位で阪神入り。12年オフ育成選手となるも、16年シーズン中に支配下復帰。同年107試合に出場し、11本塁打。18年の代打23安打は、球団シーズン最多タイ。24年11月にオフに国内FA権を行使。同12月に阪神残留を決めた。通算548試合、273安打、打率2割7分2厘、29本塁打、150打点。182センチ、97キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸4000万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■原口だけは唯一、こちらから積極的に声をかけることができる

阪神のコーチは2012年の1年限りだった。あっという間のシーズンだったが、それでもこうしてキャンプを訪れると、みんな良くしてくれる。

たまたまかもしれないが、当時2軍で接した選手が、今はスタッフとして1軍や2軍で働いている。それが幸いしているのかもしれない。

こちらからすれば、やっぱり在籍期間が短いためにどこか遠慮がある。

私の性格からしても、あまり積極的にグラウンドに降りて監督や、コーチ、選手と会話をすることもない。

どうしても受け身の取材となるのだが、原口だけは唯一、こちらから積極的に声をかけることができる。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。