【巨人浅野翔吾】苦境続く20歳の覚悟に触れたある決断 初対面の記者が感じた強さ

22年ドラフト1位の浅野翔吾外野手(20)は開幕1軍に届かず、2軍での奮闘を続けています。4月に野球部に異動してきた記者は、3季目の取り組みを聞きながら、自立について考えました。指導する矢野謙次コーチとの対話も合わせながら、飛躍待たれる大器のいまを描きます。

プロ野球

◆浅野翔吾(あさの・しょうご)2004年(平16)11月24日、香川県高松市生まれ。屋島小3年時に野球を始める。屋島中では捕手でU15日本代表に選出。高松商では2、3年夏の甲子園出場。甲子園通算17打数11安打、4本塁打、8打点。U18W杯日本代表。22年ドラフト1位で巨人入団。23年7月8日DeNA戦(東京ドーム)で1軍初出場。昨季まで通算64試合、45安打、打率2割4分2厘、4本塁打、20打点、1盗塁。171センチ、86キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1800万円。

■現在地は…隆起した筋肉まとい2軍戦

「あさの~、あさの~」

冒頭から私事で恐縮だが、3年前の夏、わが家でたびたび耳にした名前だった。

少年野球に通い始めた年中の息子が、おもちゃのバットを振り回しながら、まね事らしきスイングを繰り返していた。

夏の全国高校選手権、甲子園で高松商業高校3年の浅野が打ちまくっていた頃だった。

何がそんなに引きつけたのだろうか。早生まれの小柄な息子には、171センチながら全身がはじけるように本塁打を放ち、駆け回る姿が鮮烈だったのかもしれない。

再び、私事で恐縮だが、この4月、入社以来所属していたスポーツ部(オリンピック競技、サッカー、ゴルフ、ボクシングなどを担当)を離れ、18年目にして初異動で野球部へと配属となった。

さっそく名鑑を手にして、選手のプロフィルを読み込みながら、浅野の顔が目に留まった。

「近未来の主軸候補。昨季は1軍再昇格した8月に3割4分8厘、3本塁打、11打点をマーク。オフは地元高松で単身自主トレ」

昨年8月に1軍に昇格して活躍を続けていた頃は、記事と映像で知ってはいた。今年は開幕2軍。「あさの」の現在地はどこなのだろう。

話を聞く機会を得たのは4月10日の2軍戦だった。

新球場ジャイアンツタウンスタジアム(東京・稲城市)にロッテを迎えていた。平日の13時開始の試合は900人を超える観衆で大入り。春風が心地よくスタンドも吹き抜ける快晴に、グラウンドへ目を移すと、一目でそれが浅野だと分かった。

真っ白なユニホームの引っ張られ具合から筋肉の隆起が想像できる。特に黒いソックスで強調されるふくらはぎの太さが異彩を放つ。

この日は6番で3打数でヒットなし。9回2死二塁から内野ゴロに打ち取られて、最後のバッターとして試合終了が告げられていた。打率は1割台と低迷していた。

報道陣に許されたロッカー奥の取材エリアで浅野を待った。

約1時間後、何本ものバットを抱えながら、小走りに通りかかった。

声をかけると、一度車に荷物を置いてくる旨を伝えられた。

「すいません」

しばらく後、小走りに戻ってきてくれた。

初めましてのあいさつをし、息子が「あさの~」とまねしていたことを伝えると、照れたようにほほ笑んでくれた。

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2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて17年。25年4月に初の異動で野球部へ配属となりました。競技経験はありませんが、現在は息子が通う少年野球チームで“球拾い”コーチとして奮闘中。記者としても、様々な話題を拾います。ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。クラフトビール好きです。