【無料会員記事】初回犠打に本塁打…ファームで硬軟自在の松本剛に見る日本ハムの深謀

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。

今回は日本ハム松本剛外野手(31)です。打撃が振るわず、5月8日に出場選手登録を抹消、同20日に再登録されました。2軍で再調整中の試合をチェックしました。

プロ野球

◆松本剛(まつもと・ごう)1993年(平5)8月11日、埼玉県川口市生まれ。帝京では09年夏、10年春、11年夏に甲子園出場。3年時には主将を務めた。11年ドラフト2位で日本ハム入団。13年10月4日ソフトバンク戦(札幌ドーム)でプロ初出場。17年アジアプロ野球チャンピオンシップ日本代表。22年は打率3割4分7厘で首位打者、ベストナインを獲得。22年オフに日本ハム選手会長に就任。昨季まで通算707試合、578安打、打率2割7分、14本塁打、150打点、68盗塁。180センチ、84キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億1000万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載207】<ファームリポート:イースタンリーグ・日本ハム5-6巨人>◇2025年5月15日◇鎌ケ谷

■首位打者に輝いた実力者に、初回無死一塁で送りバントというベンチのサイン

鎌ケ谷スタジアムを訪れ、日本ハムの松本剛の動きに注目してみた。昨年も打撃不振に陥った夏ごろに2軍調整を経て、打撃復活を果たした。どんな状態なのか、いろんな角度から観察した。


「2番中堅」で出場し、第1打席は初回無死一塁だった。初球、巨人先発森田がモーションを起こす前から松本剛はバントの構え。内角高めの真っすぐを、確実に打球の勢いを殺して投前に転がし、バントを成功させた。

首位打者に輝いた実力者に、初回無死一塁で送りバントというベンチのサインに、正直驚いた。

なんとなく、フリーに打たせるのではないかと予想していた。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。