鎌ケ谷で田宮裕涼に聞く…日本ハム捕手層の分厚さと、ブレーク翌年ならではの悩みと

田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」は、日本ハムの高卒7年目・田宮裕涼(ゆあ)捕手(24=成田)です。

今季は正捕手としてゆるぎない地位を固めるはずが、5月に打撃不振に陥り、同19日に出場選手登録を抹消され、2軍での調整を命じられました。

昨年10月末に右肘のクリーニング手術を受け、春季キャンプを通して順調に回復。西武との開幕戦ではスタメンマスクをかぶり、金村尚真投手(24)とのバッテリーでチームを完封勝利に導きました。自身も5番打者として3打数2安打と結果も出し、最高の開幕を迎えていました。

それが5月は25打数2安打と一気に調子を崩しました。原因はどこにあるのか。田村氏が苦しい胸の内に迫ります。

プロ野球


◆田宮裕涼(たみや・ゆあ)2000年(平12)6月13日、千葉・山武市生まれ。成田から18年ドラフト6位で日本ハム入り。20年9月27日オリックス戦(京セラドーム大阪)でプロ初出場、初安打。23年9月25日楽天戦(エスコンフィールド)でプロ初本塁打、初打点をマークした。通算140試合、98安打、打率2割6分9厘、5本塁打、39打点、13盗塁。175センチ、79キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸は3000万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■「インコースは攻められますね」

田村お疲れさま。なんだよ、ここに居ちゃだめだろう?

田宮あっ、お疲れさまです。本当にそうですよね。

田村名護キャンプで話を聞かせてもらったけど、シーズン中に鎌ケ谷で俺と会っちゃだめだろ! フフフフ。

田宮はい、本当にそうです。はい。

田村どうしたんだ?

田宮やっぱりバッティングがちょっと…。

田村新庄監督からは何か言われてるのかな?

田宮はい、直接は言われていませんが、ヘッドを通じてもうちょっとバッティングを打てるようにと言われています。

田村そうか。原因はどこにある。相手も研究してきてるから、そういうことかな?

田宮そうですね。去年も前半と後半ではだいぶ攻め方が変わってきました。今年はその去年の後半の攻め方が続いている印象です。

田村まあ、そうだろうな。去年は前半あれだけ打って、3割をキープしていたからね。チームも強かったし、それはマークされるだろうね。

どんな感じで受け止めている?

田宮はい。僕はどちらかと言えば真っすぐよりかは、変化球の方が打率はいいんです。

それで、言えることはインコースは攻められますね。

田村それはそうだね。やっぱりそこは厳しく突かれるところだよな。

そういうところから少しずつ自分のバッティングが狂ってきたのかな?

田宮はい、まあ、それもあると思います。ただ、自分としては調整が難しいってことを身に染みて感じました。

田村調整というと?

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。