【雨後の筍】若き本格派の宝庫・日本ハムファイターズ 福島蓮に伝えた「本物の迫力」

今回の田村藤夫氏(65)の「プレミアムリポート」は、日本ハムの高卒4年目・福島蓮投手(22=八戸西)です。7月13日のオリックス戦(エスコンフィールド)で今季初登板、初先発。5回90球を投げ、4安打2奪三振3四球、無失点で今季初勝利を挙げました。

田村氏は福島投手が1軍昇格する直前、6月28日のイースタン・リーグDeNA戦を鎌ケ谷で取材しています。この時は7回111球を投げ、7安打6奪三振3四球1失点で勝ち投手になっていました。

好調日本ハムにおいて、次から次へと若くポテンシャルが高い大型右腕が誕生しています。福島投手の今後の可能性について、イースタン・リーグでのピッチングを参考にしながら、解説してもらいました。

プロ野球

◆福島蓮(ふくしま・れん)2003年(平15)4月25日生まれ、青森・八戸市出身。小4から青潮ファイターズで野球を始め、湊中時代は軟式野球部に所属。八戸西では1年春からベンチ入り。3年春のセンバツに21世紀枠で出場。初戦で具志川商(沖縄)に敗れる。22年育成ドラフト1位で日本ハムに入団。24年3月14日に支配下登録され、4月17日ソフトバンク戦(エスコンフィールド)で1軍デビュー。6月2日のDeNA戦でプロ初勝利。昨季は12試合2勝3敗、防御率3・54。190センチ、78キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1600万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■仮に私がマスクをかぶっていたなら、全力で来いと何度も確認しただろう。

首位を走るチームはこうして物事が好循環するなと、福島のエスコンでのピッチングをテレビで見ながら感じた。

まず、今年ブレーク中の達と、抑えに抜てきされた柳川と、福島は同い年という点だ。2021年のドラフトでは畔柳、松浦も高卒の同期として名を連ねる。中でも達、柳川、福島は右腕、いずれもサイズがあるパワーピッチャーだ。

ドラフト1位の達と、育成1位の福島、そして育成3位の柳川と、プロ入り時点での球団としての評価には多少の差こそあれ、確実に育成プランが実りつつある。この世代の投手はこれからも競い合いながら、さらに成長していくだろう。

そう考えると、やや気は早いが投手王国という言葉もちらほら頭に浮かぶ。

そして、それよりもインパクトが残ったのは、福島の初回からの全力投球だった。直近のイースタンのピッチングを見ていたため、私の中には若干の杞憂(きゆう)があった。イースタンのように多少の強弱をつけたら、1軍ではつかまってしまうのではないか、ということだった。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。