【台湾の至宝たる所以】孫易磊のチェンジアップ ゾーン外に逃がさず直球を際立たせる

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回は来日2年目で5月に支配下登録、1軍デビューを果たした日本ハム孫易磊(すん・いーれい)投手(20=中国文化大)を取り上げます。

プロ野球

◆孫易磊(すん・いーれい)2005年2月10日、台北市生まれ。中学時代にポニーリーグワールドシリーズで優勝。穀保高級家事商業職業学校から中国文化大へ進学。23年9月29日に日本ハムと育成で4年契約を結んだ。同年9月のU18W杯、12月のアジア選手権、25年2月のWBC予選で台湾代表入り。5月22日に支配下登録。183センチ、93キロ。右投げ左打ち。兄の孫易伸は台湾・台鋼の外野手。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載215】<ファームリポート:イースタンリーグ・日本ハム0-5ヤクルト>◇7月17日◇鎌ケ谷

■自分のチェンジアップがどれだけ通用するのか、挑んでいるようにうかがえた。

日本ハムの孫易磊のチェンジアップが秀逸だった。今回はそこだけに焦点を当てて解説したい。


先発した孫のピッチングを見て、なによりもチェンジアップに目が引かれた。そして、今回の取材が、チェンジアップという特殊球について考えるきっかけとなった。

これまでそれほど意識して考えたことはなかったが、孫投手のチェンジアップを見ていると、今まで突き詰めなかったことについて、私なりに理解を深めることができた。

まず、その特徴的なチェンジアップについて具体的に解説したい。象徴的な場面として、村上宗隆との打席が分かりやすいと感じた。

初回2死一塁。まず、初球は真ん中低めのチェンジアップで空振りを奪った。

2球目もチェンジアップが外れ、カウント1―1。ここはスライダーと感じた人もいたと思うが、私はその軌道からチェンジアップと判断した。

3球目もチェンジアップを続け、外に外れてボール先行。

カウント2―1から、4球目は149㌔の真っすぐ。これを村上はやや差し込まれた感じのスイング。孫は右飛に打ち取った。

孫の他の打者へのピッチングと村上への投球内容を比較した印象から、村上に対しては明らかに意欲的に投げていたように感じる。

自分のチェンジアップがどれだけ通用するのか、挑んでいるようにうかがえた。私の目には、孫がいかにチェンジアップを得意としていても、村上相手に3球も続けることに、非常に驚かされた。

それほどまで強いこだわりを持つことを踏まえ、その球筋についてよく観察してみた。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。