【無料会員記事】変化球はフォークだけ ハムのドラ2・藤田琉生に課されたミッション

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回は日本ハムのドラフト2位ルーキーの大型左腕、藤田琉生投手(18=東海大相模)を取り上げます。

プロ野球

◆藤田琉生(ふじた・りゅうせい)2006年(平18)11月17日生まれ、神奈川県藤沢市出身。小1で野球を始め、中学では湘南ボーイズでプレー。24年夏の甲子園では背番号1で3試合全てに先発し、2勝1敗、防御率0・84。8強まで進んだ。185センチの父佳典さん、183センチの母賢枝さんはともに元バレーボール選手。血液型A。好きな有名人は広瀬すず。198センチ、96キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸770万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載217】<ファームリポート:イースタン・リーグ・日本ハム9-2楽天>◇7月30日◇鎌ケ谷スタジアム

■あの特徴的なスライダーがあるのに、変化球はフォークだけという組み立てが意外だった。

日本ハムは藤田が2番手で登板し、2イニングで29球、4安打2失点だった。フォーク習得のテーマを感じさせるピッチングが光った。


私が確認した中では、全29球のうち17球が真っすぐ、残りはすべてフォークという組み合わせだった。

東海大相模時代のピッチングを見たことがあるが、その時はかなりいいスライダーを投げていたと記憶している。あの特徴的なスライダーがあるのに、変化球はフォークだけという組み立てが意外だった。

しかし、よく観察していると、どうやらフォークも2種類投げ分けている印象を受けた。つまり、カウントを取るフォークと勝負球として空振りを狙いにいくフォークという投げ分けにトライしていると感じた。

この組み立てに注目して感じたことだが、日本ハムのコーチ陣は、ファームでは若手投手に対し、かなり具体的なテーマを与え、そこに特化して実戦に臨ませている感じを受けた。そのひとつの例が、オリックスに移籍した吉田輝星がファーム時代に行っていた真っすぐ限定のイニングだった。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。