【激辛】石川昂弥へ―苦言はまだ間に合う選手に、強く放ってこそ意味を持つ―田村藤夫

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回は中日の石川昂弥内野手(24=東邦)を取り上げます。9月3日に1軍に再昇格し、阪神戦(バンテリンドーム)で今季1号ソロを放ちましたが、左脇腹痛のため同5日に再び登録抹消となりました。田村氏は昇格前のファームの試合を観て感じたことがありました。

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◆石川昂弥(いしかわ・たかや)2001年(平13)6月22日生まれ、愛知県出身。東邦では1年春からベンチ入り。3年春に平成最後の甲子園V。高校通算55本塁打。投手としても最速144キロを記録した。19年ドラフト1位で中日入り。20年7月12日広島戦(ナゴヤドーム)で公式戦初出場。23年に自己最多121試合に出場し、13本塁打。昨季まで通算254試合、211安打、打率2割4分7厘、22本塁打、90打点。186センチ、100キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸3000万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載218】<ファームリポート:ウエスタン・リーグ・中日2-0阪神>◇8月28日◇バンテリンドーム

■私には、まったくもっていいバッティングだったとは思えなかった。

中日の石川昂のスイングに物足りなさを感じた。

そのものズバリを指摘するだけの評論となる。

石川昂はバッティングカウントで、真っすぐ待ちで真っすぐを仕留めにいったチャンスが、この日の試合で言えば少なくとも2回あり、その2回とも仕留め損なった。芯で捉える確率が低い。

これが私がこの試合を通じてもっとも強く印象に残ったことだ。3安打を放っている。いずれもシングルヒットで、打ち損じの後の真っすぐを中前に運んだヒットだった。4打数3安打1打点。数字を見れば、いい結果だろう。

私には、まったくもっていいバッティングだったとは思えなかった。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。