【プロ1年目の指導者】根尾昂とナゴヤ球場で再会…田村藤夫さんになら何でも話せる

今回の田村藤夫氏(65)のプレミアムリポートは、中日根尾昂投手(25=大阪桐蔭)へのインタビューです。

田村氏が評論家となり、毎年インタビューを重ねてきました。2月の沖縄・読谷キャンプでの取材以来となります。どうぞ、ぜひ最後までご覧ください。

プロ野球


◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団競合の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、22年途中から投手に登録を変更し、同年は25試合に登板。昨季は3試合、0勝1敗、防御率9・39。昨季まで通算30試合、0勝1敗、1ホールド、防御率3・65。177センチ、85キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1250万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■「試合後にファームに行けと言われ、そして今に至っています」

田村久しぶりだな。元気か!

根尾はい、お久しぶりです。キャンプ以来です。はい、元気にやっています。

田村ええと、今年は1軍ではどうだったっけ?

根尾はい、4試合投げさせてもらいました。

田村そうだったよな。

根尾それで4試合目で、5失点して、2本ホームランを打たれて、試合後にファームに行けと言われ、そして今に至っています。

田村そうか。

根尾はい。

田村その経験をどう受けとめてるんだ。

根尾はい。特に4試合目の、DeNA戦でしたが、2発打たれたのがやはり反省点です。

田村どんな状況で?

根尾はい、2本とも同じようなホームランだったのが良くなかったです。横浜スタジアムで、右打者へのアウトコースを攻めて、どちらもライトへ飛ばされました。

田村ああ、そうだったな。確か、オースティンにソロと、宮崎に3ランかな。オースティンがワンボールから外角真っすぐ、宮崎は初球の外角真っすぐ、同じような失投だったな。

根尾はい。打たれ方が同じで、良くなかったなと、後でだいぶ考えました。

田村つまり、どういう風に受けとめてるのかな?

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。