【秋の宮崎】しかと見届けた、ソフト庄子雄大のどん底…エンドラン空振りからの盗塁死

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(66)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回はソフトバンクの大卒1年目、庄子雄大内野手(23=横浜―神奈川大)を取りあげます。

プロ野球


◆庄子雄大(しょうじ・ゆうだい)2002年(平14)10月2日生まれ、神奈川県出身。横浜高では2年春に三塁手でセンバツ出場も初戦で明豊に敗れ、自身も無安打。神奈川大では1年秋から遊撃を守り、シュアな打撃で通算54盗塁もマーク。24年ドラフト2位でソフトバンク入団。5月5日西武戦(ベルーナドーム)で公式戦初出場。1年目は通算26試合、4安打、打率2割3分5厘、0本塁打、2打点、1盗塁。憧れの選手はソフトバンク近藤健介。178センチ、78キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1200万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載221】<ファームリポート:フェニックスリーグ・ヤクルト3-3ソフトバンク>◇10月12日◇西都

■渋く、あるいは粘り強く、状況判断に秀でた好選手という将来像が浮かんだ

ソフトバンクの大卒1年目、庄子の攻撃面での未熟さ、そして走塁での失敗、反して守備力のクオリティーという点でとても印象に残った。


ソフトバンクは10月30日、日本シリーズ第5戦に逆転勝利を収め5年ぶりの日本一に輝いた。

それからおよそ半月さかのぼるが、私は10月中旬にフェニックスリーグを訪れ、普段は見ることができないウエスタン・リーグの試合を回っていた。

ソフトバンクの日本一奪回を踏まえ、フェニックスリーグと言えばと、思い出した選手がいた。

昨年のドラフト2位で入団した大卒ルーキーの庄子雄大。身長178センチ、体重78キロ。サイズを見ても、将来のソフトバンクを背負う長距離打者というイメージはない。どちらかと言えばバイプレーヤーとして、渋く、あるいは粘り強く、状況判断に秀でた好選手という将来像が浮かんだ。

大卒ルーキーとして既に1軍デビューしている。ここ数年で頭角を現すことを期待されているはずだ。どんなプレーをするのか、グッと集中力を高めて見入った。

2番に入った庄子の初回の打席は無死一塁。この試合は、1軍からCSを見据え主力野手では今宮と山川が出場していた。

一塁に今宮を置き、カウント2―1からの4球目、ベンチはエンドランのサイン。4球目は外角にボール1個分外れた真っすぐ。これを庄子は空振り。スタートしていた今宮は二塁でアウト。庄子は一瞬「やってしまった」という、何とも言えない表情を浮かべたような気がした。

たとえボール球でも、エンドランのサインが出た以上、打者としては何としてでもバットに当てなければならない。ボール球で届かなかったは通用しない。容赦ない言い方になるが、それがプロ野球のリアルだ。

それこそ片手で、いや、バットを放り投げてでもバットに当てなければならない。あの外角の、それも真っすぐを空振りでは、ベンチは今後、庄子の打席でエンドランのサインは出せなくなる。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。