【たっぷり思いがこもった特別編】虎の伏見寅威選手 愛あるメッセージが届いています

田村藤夫氏(66)の「プレミアムリポート」は、ベテラン捕手伏見寅威のこれからについてです。

11月14日に発表された日本ハム伏見寅威捕手(35=東海大四―東海大)と阪神島本浩也投手(32=福知山成美)の交換トレードに接し、田村氏が今後の伏見捕手の選手生活について感じたままを「特別編」としてリポートします。

プロ野球




◆伏見寅威(ふしみ・とらい)1990(平2)5月12日、北海道・千歳市生まれ。江別小3年から投手、遊撃手で野球を始め、江別一中時代に所属した札幌白石シニアで捕手転向。東海大四(現東海大札幌)では3年春に全道制覇も甲子園出場なし。東海大では1年春から首都大学リーグに出場し、2年春に4番で首位打者とMVPを獲得し、大学日本代表にも選出。12年ドラフト3位でオリックス入団。19年には左アキレス腱(けん)断裂の大けがを負ったが、翌20年に復帰。22年はオリックスの26年ぶり日本一に貢献した。22年11月に日本ハムにFA移籍。通算633試合、354安打、打率2割3分3厘、21本塁打、142打点。182センチ、87キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272



■「私が伏見に言えることがある」


35歳過ぎまで捕手として現役生活を送ったこと、そしてパ・リーグで移籍を重ねたこと、この2点を踏まえ、私が伏見に言えることがある。

まず22年オフに、それまで21年、22年とリーグ連覇を達成していた常勝オリックスから、最下位日本ハムにFA宣言してやってきたこと。それも日本ハムの力になるために、故郷北海道に戻ってきたことは、同じ日本ハムの捕手経験者として、チームの捕手のレベルを上げてくれたことに感謝の思いがある。


ここには、捕手特有の複雑な思いが交錯するのだが、移籍した先では年長者として後輩捕手のことも視野に入れた日常になる。私の場合は、その顕著な例が城島になるのだが、球団として育成に重点を置く城島を見つつ、自分自身のトレーニングにも集中する、これは文字で表現するほど簡単ではない。


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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。