【あえての苦言】フェニックスリーグで見たオリックス横山聖哉に「足りなかったもの」

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(66)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回はフェニックスリーグに出場から、オリックスの23年ドラフト1位で高卒2年目の横山聖哉内野手(20=上田西)を取りあげます。

プロ野球


◆横山聖哉(よこやま・せいや)2005年(平17)10月28日、長野県生まれ。上田リトルで投手、遊撃手として野球を始め、上田シニアでも全国大会出場。上田西では3年夏に甲子園出場。高校通算30本塁打。23年ドラフト1位でオリックス入団。24年5月24日西武戦(ベルーナドーム)で初出場。1年目は12試合に出場し、6安打を放った。今季は2試合。通算14試合、6安打、0本塁打、0打点、0盗塁、打率1割4分3厘。遠投120メートル。50メートル走は6秒3。181センチ、86キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸700万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

【連載222】<ファームリポート:フェニックスリーグ・日本ハム7-2オリックス>◇10月13日◇アイビー

■守備は悪くない、しかし・・・

今回のリポートで私が詳述する部分は、まだプロ入りして間もない若手選手には、絶対に知っておいてもらいたい観点だ。

特にここ数年、念願のプロ入りを果たしながら、短期間であっけないほどに戦力外になっていく印象だ。それだけ査定の非情さが顕著になっている。対岸の火事ではなく、そここそ、ルーキー以外は誰にでも起こり得る。他者から評価されるということについて、忌憚(きたん)なく指摘したい。


この試合で、横山は3番ショートで先発出場した。私はキャンプで横山の守備を見たことがあり、当時から記憶に残っていた。それはグラブの操作が柔らかく、肩も強く、動きに無駄がないいいショートだなという好印象を持ったからだった。

プロ2年目のフェニックスリーグでどれだけ成長しているのか、そこを楽しみにして球場に足を運んだが、顔見知りの編成担当数人と話をしてみると、意外にも横山への評価が鈍い感じを受けた。評価しづらい感じを受けたのは、彼らの求める期待値が高いからだろうと思い、試合に入ったが、なんとなく、そうしたやや奥歯に物が挟まったような評価の背景が見えた気がした。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。