【日本ハム達孝太】伏見寅威が虎移籍「悲しい」…次はシリーズ「真っすぐ」勝負にトライ!

日本ハム達孝太投手(21)が、今季8勝のうち7勝でコンビを組んだ師匠との日本シリーズでの対戦を心待ちにしました。阪神へのトレードが決まった伏見寅威捕手(35)との別れをさみしがりながらも、お互いリーグを勝ち上がっての再会を思い描きました。

プロ野球




◆達孝太(たつ・こうた)2004年(平16)3月27日、大阪府出身。小学4年から軟式野球チームに入り、中学では泉州阪堺ボーイズに所属。天理高に進学し、3年春のセンバツ大会に出場。宮崎商との1回戦で完投。2回戦の健大高崎戦では2安打完封、仙台育英との準々決勝は8回3失点と好投。21年ドラフト1位で日本ハムに入団。22年9月25日楽天戦(札幌ドーム)でプロ初登板初先発。プロ2度目の先発となった24年10月3日ロッテ戦(ZOZOマリン)で5回3安打無失点に抑え、プロ初勝利。194センチ、101キロ。右投げ右打ち。今季は16試合に登板し、8勝2敗、防御率2・09。プロ通算18試合で9勝2敗、防御率1・95。今季推定年俸1050万円。


◆伏見寅威(ふしみ・とらい)1990(平2)5月12日、北海道・千歳市生まれ。江別小3年から投手、遊撃手で野球を始め、江別一中時代に所属した札幌白石シニアで捕手転向。東海大四(現東海大札幌)では3年春に全道制覇も甲子園出場なし。東海大では1年春から首都大学リーグに出場し、2年春に4番で首位打者とMVPを獲得し、大学日本代表にも選出。12年ドラフト3位でオリックス入団。19年には左アキレス腱(けん)断裂の大けがを負ったが、翌20年に復帰。22年はオリックスの26年ぶり日本一に貢献した。22年11月に日本ハムにFA移籍。通算633試合、354安打、打率2割3分3厘、21本塁打、142打点。182センチ、87キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億円。


6月29日の西武戦でプロ初完投勝利を挙げ、伏見に労われる

6月29日の西武戦でプロ初完投勝利を挙げ、伏見に労われる

「自分にはたぶん、におわせてたんで 何となく」

―伏見選手がトレードに…

あ、寅威さんの…悲しいです。もう(新聞の)1面で、(コメントを)挙げておいてください(笑い)。

―いろいろ教えてもらった

そうですね。いやまあ確かに…ちょっと寅威さん、いつ言われたんすかね(笑い)。もう『先、言ってくれよ』と思ったんすけど…いやいや、まあまあまあ、それは別に置いといて。いやでも、確かになんかね、ちょっと自分にはたぶん、におわせてたんで寅威さん。なんとなく、なんとなく…そうっすね、あぁそういうことやったんかって、いろいろつながったりしたっすね。

―連絡は取ったりしたんですか

連絡…「悲しいよ」ってスタンプだけ送っといたっす(笑い)。

―それはラインで

ラインです、ラインです。

―伏見選手からの返信は

いやいや「そういうことになってしまったけど…」みたいな。いろいろイベントは、たぶん寅威さんは出ると思うんで「その時に話そう」って言われたので、「はい」と。寅威さんとこの前ご飯行った時も、ちょうどそうっすね、キャンプ終わった日に行ったんすけど。その日もなんか珍しく「みんなで写真撮ろう」みたいな言ってたんで、なんか珍しいなと思いながら(笑い)。そういうことやったんかなとか思いながら、そうっすね…。


本文残り72% (3059文字/4272文字)

1973年7月生まれ、茨城県水戸市出身。水戸第一、早大卒。06年、北海道日刊スポーツ新聞社入社。09年からコンサドーレ札幌担当を8年務め2度のJ1昇格を経験。17年からアマ野球担当、23年から日本ハム担当。
中学まではサッカー、両親が指導者だった影響で高校、大学はフェンシングに励み00年富山国体出場。パリ五輪フェンシング団体金メダルメンバーの永野雄大選手は従兄弟の長男。
学生時代までは野球とほぼ縁のない人生だったが、中1で初めて後楽園球場での巨人阪神戦に連れて行ってもらい、財布を落とす。岐阜県恵那市の方が神田の警察署に届けてくださり、2000円ほど入った財布を、倍以上の交通費をかけて、水戸から東京まで受け取りに行った苦い経験あり。