【ヤクルト長岡秀樹】「あと10年しか」24歳が語る野球人生への焦りと覚悟/前編

ヤクルト長岡秀樹内野手(24)は、沖縄・浦添での春季キャンプでシーズンへの準備を進めてます。24年は全試合出場でリーグ最多安打に輝くも、昨季は4月下旬からの右膝後十字靱帯(じんたい)損傷での離脱も影響し、出場は67試合。独占インタビューでケガをしていた間の思いや、打撃の考え方の変化などを明かしました。前後編でお届けします。

プロ野球

◆長岡秀樹(ながおか・ひでき)2001年(平13)9月26日、千葉県生まれ。小学1年から野球を始める。八千代松陰では3年夏の千葉大会で準優勝。甲子園出場はなし。19年ドラフト5位でヤクルト入り。20年10月23日中日戦でプロ初出場。22年に遊撃手でゴールデングラブ賞。同年オフに背番号を58から7に変更した。24年に最多安打。175センチ、82キロ。右投げ左打ち。

★長岡選手が語った主な内容

  • リハビリ期間中に試合を見なかった理由
  • 今後の野球人生への思い
  • 膝の状態は? プレーする怖さは?

リハビリ中、試合中継を「最初は全く見ていなかった」

キャンプ中、記者の質問に答えるヤクルト長岡

キャンプ中、記者の質問に答えるヤクルト長岡

―昨年のリハビリ期間中はどんな思いで過ごしていた

野球をやっていない自分というのがほぼ初めてだったので。試合に出て、打ったとか打たないとか、勝ったとか負けたとか、一喜一憂できるのも、ケガをせずに出続けられる人間なのだなと思いました。改めて、そのグラウンドにずっと立っていたいという気持ちでした。

―リハビリ中は試合を中継などで見ていた

最初はもう全く。もう今シーズンは無理だろうと自分の中で思ったので、見ても意味ないという、気持ちも正直ありましたし。見ていなかったですね。

―どのあたりから見られるようになったり、気持ちが変わった

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2001年(平13)愛知県犬山市生まれ。2歳の頃から大阪府大阪狭山市で育つ。中高は管弦楽部に所属。神戸大から24年入社。
24年5月から主にアマチュア野球を取材、25年1月から阪神担当。26年はヤクルト担当。
大学時代はクイズ研究会などに所属。趣味はスポーツ観戦と坂道アイドルやロックバンドのコンサート、フェスに行くこと。幸せな瞬間は温泉地に行って日本酒を飲んでいるとき。