【ヤクルト長岡秀樹】「できない」から「やってみよう」へ 開幕1番で変革のシーズン

ヤクルト長岡秀樹内野手(24)は3月27日のレギュラーシーズン開幕に向けて状態を上げています。24年は全試合出場でリーグ最多安打に輝くも、昨季は4月下旬からの右膝後十字靱帯(じんたい)損傷での離脱も影響し、出場は67試合。初の開幕1番スタメンが決まっている今季、出塁率にこだわる中で四球への考えの変化などを聞きました。さらにつば九郎への思いも…。

プロ野球

★長岡選手が語った主な内容

  • 「できない」が「やってみよう」となった理由
  • 四球への意識の変化 がつがつと選球眼の両立
  • 「すごくうれしいこと」つば九郎の活動再開に

◆長岡秀樹(ながおか・ひでき)2001年(平13)9月26日、千葉県生まれ。小学1年から野球を始める。八千代松陰では3年夏の千葉大会で準優勝。甲子園出場はなし。19年ドラフト5位でヤクルト入り。20年10月23日中日戦でプロ初出場。22年に遊撃手でゴールデングラブ賞。同年オフに背番号を58から7に変更した。24年に最多安打。175センチ、82キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸7500万円。

3月13日、ヤクルト対オリックス 3回裏ヤクルト無死一、三塁、増田の中前適時打で生還しタッチを交わす

3月13日、ヤクルト対オリックス 3回裏ヤクルト無死一、三塁、増田の中前適時打で生還しタッチを交わす

四球への考え方が変わった

ずっと「できない」と思っていた。でも、やってみることにした。

出塁率の高さを求めている今季、長岡は四球への考え方を変えている。

池山隆寛監督(60)はすでに、3月27日の対DeNAの開幕戦(横浜)で1番スタメンの予定と明言した。1番打者に求められる出塁率。今年のオープン戦では、長岡は14試合に出場し3割7分3厘と高い数字を残した。

レギュラーシーズンでは、最高でリーグ最多安打に輝いた24年の3割2分2厘。オフシーズンで心がけてきたことや、意識の変化はあったのか―。気になって本人に聞いてみた。

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2001年(平13)愛知県犬山市生まれ。2歳の頃から大阪府大阪狭山市で育つ。中高は管弦楽部に所属。神戸大から24年入社。
24年5月から主にアマチュア野球を取材、25年1月から阪神担当。26年はヤクルト担当。
大学時代はクイズ研究会などに所属。趣味はスポーツ観戦と坂道アイドルやロックバンドのコンサート、フェスに行くこと。幸せな瞬間は温泉地に行って日本酒を飲んでいるとき。