【立ち上る闘志】田村藤夫さん 沖縄で触れた巨人甲斐拓也の「決意」と「覚悟」

田村藤夫氏(66)のプレミアムリポートは、巨人移籍2年目を迎えた甲斐拓也捕手(33)へのインタビューです。

田村氏はソフトバンクの2軍バッテリーコーチ時代の2015、16年とファームで甲斐選手の指導を担当していました。育成6位指名から、球界を代表する捕手に成長した甲斐選手は、24年オフに巨人にFA移籍します。期待された昨年は、8月に右手中指の骨折で登録抹消。出場は68試合で終わりました。

ここから猛然と巻き返すであろう甲斐選手の胸中に、田村氏が迫ります。

プロ野球


◆甲斐拓也(かい・たくや)1992年(平4)11月5日生まれ、大分県出身。楊志館から10年育成ドラフト6位でソフトバンク入団。13年オフに支配下へ昇格した。強肩で知られ、18年広島との日本シリーズでは6盗塁刺を記録し「甲斐キャノン」と異名を取る。19年の11本塁打は、育成ドラフト入団選手初の2桁弾。20年には、球団の大先輩、野村克也の背番号19を受け継いだ。24年オフに巨人へFA移籍し、25年は68試合に出場。17、20、22年ベストナイン、17~22、24年ゴールデングラブ賞。19年プレミア12、21年東京五輪、23年WBC日本代表。通算1091試合、645安打、打率2割2分6厘、66本塁打、310打点、30盗塁。170センチ、87キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸3億円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


■僕というキャッチャーを知ってもらうにはまだまだ

田村お疲れさま。どう、順調か?


甲斐はい、そうですね。いまのところは順調に来ています。


田村去年は骨折があって、思うようなシーズンではなかったと思うけど、どんなことが心に残ってる?


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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。