【2年ぶり白星に寄せて】吉田輝星の魅力 これぞ真骨頂「体に染み込んだ特異な資質」

今回の田村藤夫氏(66)の「プレミアムリポート」は、トミー・ジョン手術から復活したオリックス吉田輝星投手(25=金足農)です。

昨年8月、真夏日の大阪を訪ね、舞洲でのリハビリを取材し、復活への手応えをつかむ姿を目の当たりにしてきました。今回、交流戦の阪神戦(6月14日、京セラドーム大阪)で2年ぶりの白星をつかみました。

日本ハム時代から取材を重ねてきた田村さんは、吉田投手の現在のピッチングを見てどう感じたのか。そこに成長を見たのか、思ったままを語ってもらいました。

どうぞ、最後までご覧ください。

プロ野球




◆吉田輝星(よしだ・こうせい)2001年(平13)1月12日生まれ、秋田県出身。小3から野球を始め、金足農1年夏からベンチ入り。3年夏は、秋田大会から甲子園準決勝まで10試合連続完投勝ち。決勝では大阪桐蔭に敗れたが、金農旋風を巻き起こした。18年ドラフト1位で日本ハムに入団。19年6月12日広島戦で初登板初勝利。23年11月に黒木優太とのトレードでオリックスに移籍。24年には、22年のキャリアハイ51登板に迫る50登板で4勝0敗、14ホールド。25年3月にトミー・ジョン手術を受けた。昨季までプロ通算114試合で7勝9敗、防御率5・39。175センチ、83キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸2800万円。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


オリックス対阪神 10回に登板するオリックス吉田輝星(撮影・和賀正仁)=2026年6月14日

オリックス対阪神 10回に登板するオリックス吉田輝星(撮影・和賀正仁)=2026年6月14日

ピッチャーらしい王道のスタイル

そうか、勝ち投手になったのかと。吉田が勝ったことにも、もちろん「良かったな」という感慨はあったのだが、ピッチングを見ていると、いかにも吉田らしいなと思わずにいられなかった。

投手吉田の最大の魅力は、その自信に満ちたピッチングにある。きれいな真っすぐを投げる。「打てるものなら打ってみろ」。真っすぐに命をかけるようにして磨いたストレートを、堂々と投げ込む。まさに打者と勝負する、そういうピッチャーだ。ピッチャーらしい王道のスタイルを持っている。それが絵になる。私の印象はそこにあった。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。