【竹野仁奈〈下〉】競技観覆した宮本賢二との出会い「スケートが好き」と胸を張れる今

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第53弾は竹野仁奈(24)が登場します。姉の比奈とともに福岡県の中心選手として長年活躍。3度の全日本選手権出場など、表舞台で輝きを放ちました。2023年の現役引退後は、千葉県船橋市のMFアカデミーを拠点に指導者としてセカンドキャリアをスタート。選手からも年齢が近いお姉さん的存在として慕われ、渡辺倫果や青木祐奈らも指導しています。

全3回の「下編」では、スケート観を変えることになった出会いと、コーチとしての今と将来に迫ります。(敬称略)

フィギュア

◆竹野仁奈(たけの・にいな)2001年(平13)3月13日、福岡市生まれ。3学年上の姉比奈の影響で、4歳の時に福岡フィギュアスケートクラブで競技を開始。沖学園高―筑紫女学園大と進み、大1の19年に全日本選手権初出場。以後2度全日本の舞台を踏み、23年に姉と同時に現役を引退。同年春から千葉県船橋市の「MFアカデミー」で指導者としての道を歩み始める。身長163センチ。趣味は、美味しい物巡りと散歩。

24年NHK杯でどーもくん人形を手に写真に納まる竹野(本人提供)

24年NHK杯でどーもくん人形を手に写真に納まる竹野(本人提供)

自分を変えるには

福岡・沖学園中の卒業を間近に控えた2016年の春。スケートを辞めて4カ月がたち、竹野の心にはどこか空白が広がっていた。

そんな時、福岡フィギュアスケートクラブのヘッドコーチ石原美和から1本の連絡が入った。

「1度、遊びの感覚で来てみなよ」

このまま才能を埋もれさせるわけにはいかない―。恩師のそんな熱い思いが、電話の向こうから伝わってきた。

「1度だけなら…」と心を動かされ、久しぶりに戸棚の奥にしまったスケート靴を手に取った。リンクに立つと、たった数カ月離れていただけで、ホームリンクはいつもより広く、どこか遠い存在に感じられた。

「県外から合宿に来ていた他のチームの子たちもいました。以前は自分と互角だった子たちが、明らかに実力を伸ばしていて。置いていかれた悔しさが、胸に突き刺さったんです。それで、もう1回本気で頑張ろうって火がつきました」

負けず嫌いな性格が、再び目を覚ました。

銀盤に戻る決意を固め、竹野は新たな一歩を踏み出した。

沖学園高に進学した2016―17年シーズン。遅れを取り戻そうと必死に練習に打ち込み、2年ぶりに全日本ジュニア選手権に出場。高校1年生ながらインターハイで6位入賞を果たすなど、目に見える成果を重ねた。

だが、心のどこかには、かつてと同じ悩みがくすぶっていた。

「スケートをしていても、どこか物足りなさが残るんです。やめたいとは思わないけど、なんでこんなにうまくいかないんだろうって、ずっともやもやしていました」

転機が訪れたのは、高校3年生の2018年。スケート人生を大きく変える出来事があった。

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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。