引退決意「次の目標はもう明確に見えている」/フットサル森岡薫の波瀾万丈人生〈下〉

日本フットサル界のキング、Fリーグ1部ペスカドーラ町田所属の森岡薫(46)が今季残り5節のファイナルシーズン(2月14日~3月1日)と全日本選手権(3月14日~22日)をもって、25年に及ぶ競技人生から引退する。日系ペルー人3世として生まれ12歳で来日。不良のレッテルを貼られて高校を中退し、建設現場で働いた。しかし21歳でフットサルと出合ったことをきっかけに人生を立て直した。自分らしく生きるとは何なのか? 最終3回目、森岡はかつての自分がそうだったように「モラトリアム」からどう抜け出すのか、自らの経験をもとに語った。

サッカー

◆森岡薫(もりおか・かおる)1979年(昭54)4月7日生まれ、ペルー・リマ出身。12歳で家族と来日し、千葉県で少年時代を過ごす。高校を3カ月で中退し、建設現場で働く。21歳で個サルへの参加から始めて、関東リーグのブラックショーツ、ファイルフォックスなどに所属。06年に東海リーグの大洋薬品/BANFF(現名古屋オーシャンズ)とプロ契約。ポジションはピヴォ(最前線)。07―08年シーズンのFリーグで名古屋オーシャンズのエースとして初代王者に輝き、MVP獲得。通算9度のリーグ優勝、4度のMVP、4度の得点王に輝く。その後、ペスカドーラ町田、ビンタン・ティムール・スラバヤ(インドネシア)、オパルロ・フェロル(スペイン)、リガーレ東京、リガーレヴィア葛飾を経て24年から再びペスカドーラ町田に所属する。12年8月1日にペルーから日本への国籍変更が認められ、日本代表として同年11月のワールドカップ(W杯)タイ大会に三浦知良らとともに参加し、ベスト16入りした。Fリーグ通算(1部、2部)で407試合に出場、322得点。175センチ、78キロ。

ボロボロになってもボール追う姿見せる

(ペスカドーラ町田提供)

(ペスカドーラ町田提供)

森岡は昨年11月1日の立川アスレティックFC戦でFリーグ(1部、2部)通算400試合出場を達成した。現在は407試合まで伸ばし、得点数は322(昨年12月のレギュラーシーズン終了時点)。

1部に限れば381試合(13位)で308得点。そのゴール数はブラジル出身のクレパウジ・ヴィニシウス(ペスカドーラ町田)の351得点に次ぐものだ。

記録も立派だが、それ以上にFリーグ最年長、前人未到の46歳にして今もトップレベルでプレーするからこそ「キング」と呼ばれる。

これまでも引退を決意したことはあったが、翻意し、ここまでキャリアを伸ばしてきた。長くできた理由を問うと、こう回答した。

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スポーツ

佐藤隆志Takashi Sato

Tokushima

1968年(昭43)生まれ、徳島県出身。91年入社。
希望したスポーツ部に在籍し、2010年サッカーW杯南アフリカ大会、12年ロンドン五輪など取材。デスクを経て現場に戻り、再び大好きなサッカーを取材、執筆しています。
少年時代に読売クラブのジョージ与那城のプレーに魅了され、同じくヒゲをはやしたバルデラマ(コロンビア)のトリッキーなプレーにハートをわしづかみにされる。フリット(オランダ)は憧れの偉人。好きすぎて入社後に髪型をまねたところ「ドレッド」と呼ばれたのは懐かしい思い出です。
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