【ブルーペナント〈15〉下編】菅原由勢が持つ、技術や能力より大切なこと

サッカー日本代表DF菅原由勢(25=ブレーメン)の源流をたどる「ブルーペナント」の2回目です。菅原はAS.ラランジャ豊川(愛知)の宮澤淳代表(45)からサッカーの楽しさを教わり、世界へと羽ばたきました。その両者は今も深い絆で結ばれ、互いに挑戦を続けています。菅原は今夏のワールドカップ(W杯)北中米大会のメンバー入り、そして世界一を目指しています。一方の宮澤代表は、昨年6月に人工芝のホームグラウンド「LARA PORTO(ララ・ポルト)」を完成させました。「情熱」を意味するラランジャのもとに、日本サッカー世界一という思いを持ち続けています。

サッカー

◆菅原由勢(すがわら・ゆきなり)2000年(平12)6月28日、愛知県豊川市生まれ。AS.ラランジャ豊川から名古屋グランパスU-15に加入。気鋭の右サイドバックとして名を馳せ、同U-18所属の18年2月に2種登録。同月24日のガンバ大阪とのリーグ開幕戦でフル出場。17歳7カ月27日での開幕スタメンは稲本潤一に続く歴代2位の年少記録。19年6月にオランダ1部AZアルクマールに期限付き移籍し、20年から完全移籍。24年7月にプレミアリーグのサウサンプトンへ完全移籍。25年8月にブンデスリーガ1部のブレーメンへ期限付き移籍。日本代表は20年10月に初選出され、同9日のカメルーン戦でデビュー。国際Aマッチ18試合2得点。179センチ、69キロ。


◆宮澤淳(みやざわ・あつし)1981年(昭56)1月1日、愛知県刈谷市生まれ。刈谷工卒業後、ブラジル・サンパウロ州のタナビでプロ契約。帰国後はプロクラブの練習に参加するも契約に至らず、指導者に転身。2003年にAS.ラランジャ豊川を設立し、23年の指導歴でプロ選手4人を輩出した。21年にクラブを一般社団法人とし、現在は3歳から15歳まで指導。毎年スペイン遠征を実施しており、同クラブはバルサアカデミー愛知校として指定されている。指導者A級ライセンス保持。

2025年11月 ボリビア戦でボールを奪い合う菅原(中央)。左は久保

2025年11月 ボリビア戦でボールを奪い合う菅原(中央)。左は久保

人生で最も影響を受けた人に「宮澤淳」

昨年12月、日本からのオンライン取材に応じた菅原にこんな質問を投げかけた。

「人生で最も影響を受けた人は誰ですか? 野口英世(1876~1928年、医師、細菌学者)とか、歴史的な偉人でも構いませんよ」

あえて突拍子もない偉人の名前を入れることで、少し脳の神経回路に刺激を入れてみた。

「う~んっ……」

暫く考えた後に、こう回答した。

「宮澤淳さんですね」

同じ宮澤でも、宮沢賢治(1896~1933年、詩人・童話作家)ではない。

「誰ですか、その人は?」

「自分が所属していたラランジャ豊川の代表をやっている人です」

「どんな人だったんですか?」

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スポーツ

佐藤隆志Takashi Sato

Tokushima

1968年(昭43)生まれ、徳島県出身。91年入社。
希望したスポーツ部に在籍し、2010年サッカーW杯南アフリカ大会、12年ロンドン五輪など取材。デスクを経て現場に戻り、再び大好きなサッカーを取材、執筆しています。
少年時代に読売クラブのジョージ与那城のプレーに魅了され、同じくヒゲをはやしたバルデラマ(コロンビア)のトリッキーなプレーにハートをわしづかみにされる。フリット(オランダ)は憧れの偉人。好きすぎて入社後に髪型をまねたところ「ドレッド」と呼ばれたのは懐かしい思い出です。
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