「あの世でまでやりたいくない」39代木村庄之助は装束一つも持たずに角界を去る

行司の最高位、39代木村庄之助(64=九重)が、10月29日限りで日本相撲協会を定年退職します。

9月の秋場所が最後の本場所となりました。鮮やかな装束は1着さえも手元に残さず、潔く角界を去ります。その装束の行方について、聞きました。

関係する人たちからは、庄之助への感謝の言葉が届きました。

大相撲

もくじ

  • 最後の本場所で披露した装束の行方
  • 九重親方、43代伊之助からの言葉
  • 晃之助、要之助、光之助も…
  • 龍之助は泣いた

装束の行方

秋場所千秋楽、結びの一番を合わせた木村庄之助(右)は大の里に懸賞金を渡した(撮影・中島郁夫)

秋場所千秋楽、結びの一番を合わせた木村庄之助(右)は大の里に懸賞金を渡した(撮影・中島郁夫)

秋場所15日間の取組で、庄之助は4種類の装束を着た。

一つ一つに思い出がある。

行司の装束はすべてが特注品で、一般的に数百万円。力士が横綱や大関に昇進した時、立行司や同じ一門の行司に贈る慣習がある。後援者や所属する部屋が贈呈するケースもある。

秋場所3日目、鴇色の装束を着た木村庄之助(撮影・垰建太)

秋場所3日目、鴇色の装束を着た木村庄之助(撮影・垰建太)

明るい紫が入った赤、鴇色(ときいろ)の装束を、39代庄之助は3日目、中日、10日目に使った。

「これは曙が大関に上がった時、私がいただいたものです」

曙の大関昇進は1992年名古屋場所。曙が所属した東関部屋は、庄之助の九重部屋と同じ高砂一門であるため、木村恵之助を名乗っていた当時に贈られた。

秋場所6日目、カナリア色の装束で大の里-豪ノ山戦を合わせた木村庄之助(撮影・中島郁夫)

秋場所6日目、カナリア色の装束で大の里-豪ノ山戦を合わせた木村庄之助(撮影・中島郁夫)

カナリア色の鮮やかな装束は、6日目と13日目に身につけた。

「千代大海が大関に上がった時に贈られたものです。千代大海の家紋が入っています」

千代大海の大関昇進は1999年春場所。庄之助は当時、十両格の恵之助だった。めぐりめぐって、千代大海は現在の師匠、九重親方となった。

秋場所9日目、菫色の装束で藤凌駕―大の里戦を合わせた木村庄之助(撮影・河田真司)

秋場所9日目、菫色の装束で藤凌駕―大の里戦を合わせた木村庄之助(撮影・河田真司)

明るい紫、菫色(すみれいろ)の装束は4日目、9日目、11日目に着用した。

「これは先輩からのお下がりです。曙が横綱に上がった時、28代庄之助に贈られたもの。その後、33代庄之助が着ていました」

曙の横綱昇進は1993年春場所。当時の庄之助に贈られ、引き継がれてきた伝統の装束だ。

秋場所千秋楽、大の里と安青錦の結び一番を合わせる立行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)

秋場所千秋楽、大の里と安青錦の結び一番を合わせる立行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)

4着目は、独特の円の模様が特徴的な青竹色の装束。これは、初日、2日目、5日目、7日目、12日目、14日目、千秋楽と7日間も着た思い入れのある逸品だ。

木村庄之助襲名を記念し、九重部屋から贈られた。初披露は、2025年6月の昇進披露パーティー。同年10月のロンドン公演でも世界に向けて身にまとった。

九重部屋の浴衣地なども手がけてきた高橋理子(ひろこ)さんによるデザインで、九重部屋が予算をオーバーしてでも完成させた高級品でもある。

大の里の横綱土俵入りを先導した木村庄之助(撮影・小沢裕)

大の里の横綱土俵入りを先導した木村庄之助(撮影・小沢裕)

本割では着なかったが、大の里の横綱土俵入りの時は、「大の里」の文字が入った装束も着た。これは大の里が横綱に昇進した時に贈られた。

全日本力士選士権の優勝戦を合わせる木村庄之助(撮影・小島史椰)

全日本力士選士権の優勝戦を合わせる木村庄之助(撮影・小島史椰)

秋場所では着なかったが、10月5日の全日本力士選士権で披露したのは、若竹色の装束。これは、庄之助の出身地、東京都府中市に寄贈した。

九重部屋から贈られた装束は九重部屋に返却し、それ以外はすべて高砂一門の後輩の行司に譲った。どれを誰が着るのかは、後輩たちに任せる。

庄之助は言う。

「やめたら、もう着ませんから。装束にとっても、タンスにしまっておくより、誰かに着てもらった方がいいんですよ」

退職後も、お気に入りの1着を残しておけば、何かのイベントなどで着る機会があるかもしれない。そんな将来すら、庄之助は完全に断ち切った。

妻の薫さんからは、万が一の時に棺おけに入れなくていいのか聞かれたという。

庄之助は即答した。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。